first date
T駅には約束の5分前に着いた。今日は平日ということもあり、人通りは少ないようだ。彼はどこから来るのかとキョロキョロあたりを見渡すが、それらしい人影は見当たらない。約束の10時になっても現れない。やはり、ちゃんと連絡先を交換しておくべきだったのではないかと不安が募る。本当に来るのだろうか?
約束の時間から10分程過ぎた頃、駅のロータリーに白いベントレーが入ってきた。あの目立つ車はまさか…。
車から降りてきたのはやはり彼だった。
「ごめん!待ったよね!」
彼は右手で手刀をつくり、いかにも申し訳なさそうな顔をして小走りで私の方に近づいてきた。
「連絡先も知らないし、本当に来るのかちょっと心配になりました」
「僕から誘ったくせに、遅れて悪かったね」
彼は両手を顔の前で合わせて謝罪した。
「じゃあ、最初は絢ちゃんの服とヘアセットだな。車乗りなよ」
「え、あ、はい」
当たり前のように私を「絢ちゃん」と呼ぶ。それだけで急に距離を詰められたような気がしてドギマギしてしまう。
「どうぞ」とにっこり微笑みながら助手席のドアを開ける姿はいかにも紳士的だ。
「お、おじゃまします…」
「家じゃないんだから」
彼は「はは」と軽く笑ってドアを閉めた。そして運転席に乗り込む。左ハンドルの車に乗るのは初めてなので変な感じだ。内装はシンプルかつシックで、クリーム色の革のシートがいかにも高級そうだと思った。
「それじゃ行きますかねぇ~」
彼は鼻歌交じりで車を発進させた。
一体今日はどんな一日になるんだろうか。男の人とデートをするという未知の世界に私は足を踏み入れてしまった。本物のデートではないにしろ、用意されたシチュエーションは私には手に余る。