first date

「ねえ、今日は眼鏡してないんだね」

 彼は信号待ちのときに、私の顔を見てそう言った。

「眼鏡は仕事のときだけです」

「ふ~ん」

 彼が顔を近づけてきたので思わず身体を後ろに引いたため、ドアガラスに頭をぶつけてしまった。小首を傾げるその仕草は、まさにドラマでよく見るキスの寸前のようだ。

「な、なんですか」

 私は追い詰められて首を竦めた。
「そっちの方がかわいいよ。絢ちゃんをもっとかわいくしてあげたいなぁ。ねえ、僕が服選んでいい?ヘアセットの注文もしていい!?」

 彼は途端に目を輝かせ始めた。とんでもなく顔が近い。

「わ、私、服も髪型もこだわりないんで、安彦先生の好きにしてくださって結構です」

「やったぁ。楽しみだなぁ」

 信号が青に変わった。車はゆっくりと走り出す。

「ていうかさあ…」

 彼は急に声のトーンを落とした。

「その『安彦先生』っていうの興覚めしちゃうからやめてくれる?俺の下の名前、『トシヤ』ね。『俊敏』の『俊』に『弓矢』の『矢』で『俊矢』。俊矢って呼んでよ」

「え、と、トシヤさん…?」

「ぶっ。変なの」

「そっちが下の名前で呼べって言ったんじゃないですか」

「ぎこちなさすぎて。ふふふ。かわいい」

 不意に「かわいい」なんて言われて戸惑ってしまう。彼はそんな私を気にも留めず車を走らせた。
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