一家離散に追い込んでおいて、なぜ好きだなんて言うの
「……馬鹿にしてるの?」

 葉月の安月給を馬鹿にしているのか、それとも惨めな元お嬢様をそばで眺めて嘲笑(あざわら)いたいのか、どちらにせよ悪趣味な提案だと感じた。葉月に聞き入れる気はさらさら無い。

「何故です? 悪い話ではないでしょう。源さんだってご両親の借金を早く返したいのではないですか?」
「それは……そうだけど」

 親の事を言われると胸が痛む。父も母も、葉月には言えないような仕事をしながら弁済のために生きている。

「住居はこちらで用意します。各種手当、賞与も予定しています。休日は……俺が多忙なのであまり多くは与えられませんが、そのぶん収入にはなりますよ。どうですか? 考える余地もなく受けるべき提案だと思いますが」

 そう言いながら秀は腕時計を確認した。「早く決断してくれ」とでも言いたそうに葉月を睨み付ける。

「でも私」
「ああ、旅館のご主人には俺の方から話をつけるので安心してください。金で解決することも、代わりの人材を提供することも出来ます。これで問題ありませんか?」

 嫌な奴。
 そう思ったが、そこまで言われると葉月はもう拒絶する理由がなにも無かった。しいて言えば秀に仕えるなんて嫌だけど、離れ離れで苦労している両親のことを想うと葉月ばかりわがままは言っていられない。

「…………わかっ……た」
「では契約を進めましょう」

 葉月の弱々しい返事を合図に、秀はすぐさま手続きに取り掛かった。
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