一家離散に追い込んでおいて、なぜ好きだなんて言うの
「住む? 私が? ここに?」
「そうです。住居は用意すると言いましたよね」

 言った。確かに言っていた。
 だが秀の家に住むだなんて、葉月は聞いていない。
 目の前の秀はシャツのボタンを開け、完全にリラックスモードになっている。こうなるともう、彼は雇用主でもなんでもなく、ただの同い年の知人男性にしか見えなかった。そんな相手と同居。そんなの、ありえない。

「嫌だと言ったら?」
「源さんが路頭に迷うだけです」

 即答されて葉月は口をつぐむ。その通りだ。
 身一つで上京してきてしまった葉月には、現状、生きていくための財産がない。今さら長野に帰れるわけもなく、秀に首を切られたら生きる術を失ってしまう。

「仲良くやっていきましょう、源さん」

 職場とは違い、年相応な雰囲気に戻った秀が、葉月をおちょくるように顔をほころばせる。

(いや、その笑顔は何!)

 笑顔の秀がとても楽しそうに見えて、葉月は無性に腹が立った。
 改めて気付いたけれど、葉月の人生は完全に秀に握られている。自分の仇に、自分の人生を。これはとんでもない事態だ。
 そう思っても後の祭り。葉月はこれからずっと、余裕ぶった秀と四六時中一緒に居なければならない。

「お風呂――」

 秀がぼそっと言う。

「先に入りますか? あ、でもすみません。女性もののアメニティが無いんですよね。一緒に買いに行きましょうか」
「…………うん」

 もやもやした気持ちを抱えたまま、葉月は頷いた。拒絶したい気持ちはあるものの、拒絶したら生活がままならない。黙って従うしかなかった。
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