一家離散に追い込んでおいて、なぜ好きだなんて言うの

転機

 父と再会してから二週間。
 葉月はいつも通り秀の自宅で彼と二人朝食を取っていた。何も変わらない毎日。変わった事と言えば――。

「葉月さん、珈琲飲みますか」

 秀が立ち上がりながら葉月に向けて目を細める。

(『葉月』さん……!)

 優しいまなざし。名前を呼ぶ声。
 彼の一挙手一投足が、葉月の体温を急上昇させる。

「う、うん。ありがとう」

 返事をする葉月を見て、秀はニコッと微笑んだ。
 父が上京してからというもの、「源」が二人で紛らわしいからと、秀は葉月を「葉月さん」と呼ぶ。

(職場はともかく、この状況で『葉月さん』って、なんだか慣れないのよね)

 葉月はパタパタと手で顔をあおいだ。自宅で、朝、二人きり。まるで恋人同士みたいに感じてしまう。頬が熱い。

(いやだな、完全に意識してる)

 そんな葉月の気持ちはつゆ知らず、秀は珈琲を用意して葉月に言った。

「葉月さん、きょうは一日別行動でおねがいします」
「…………え? 別行動?」

 そんなことを言われたのは、上京以来初めてだ。

(なんで?)

 理解が追い付く前に、秀は「お先に」と部屋を出て行ってしまった。
 葉月の返事も待たずに、パタンと閉じてしまったドアがむなしい。
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