一家離散に追い込んでおいて、なぜ好きだなんて言うの

生きるために

 葉月は布団の中で目を覚ました。

「ああ。また『あの日』の夢」

 リアルな夢だった。
 父の顔、母の声、押しつぶされそうな葉月の感情が、嫌というほど身体にまとわりついている。手が震える。この胸の苦しさは、あれから5年以上経過した今も執拗に葉月の身体をむしばんでいた。

 葉月は今、長野県の山間にある旅館、若松莊で生活している。
 5年前のあの日から親と離れ、住み込みで働いているのだ。

(……何時?)

 カーテンの向こうはまだ暗い。が、時計を見れば午前4時になるところだった。そろそろ起きて朝の仕事を始めなければ。そう思うものの、前日の疲れが残った葉月の体は思うように動かない。

(でも、働かなきゃ)

 大企業のお嬢様だったのは遥か昔のことだ。葉月はもう、金も身寄りもないただの貧乏人でしかない。働かなければ住めないし、食べられない。生きていくことは許されない。

(……起きなきゃ)

 ジリジリとスマホのアラームが鳴り始めた。
 また本格的に一日が始まってしまう。
 一日がこんなにも早く始まることを、葉月はこの5年で初めて知った。人間はみな平等なんかではなく、勝者と敗者に分かれているという事実も、嫌というほど痛感している。

(全部あの男のせいだ)

 忌々しいあの男。葉月の父の会社を倒産に追いやった男。それは葉月の元クラスメイト、上屋敷(かみやしき) (しゅう)である。
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