小羽根と自由な仲間達
「あ…あ、う…」
自分が声をかけられたのは分かったが、あの時の僕は、まともに返事も出来なかった。
母が亡くなって以来、僕は誰とも、ろくに言葉を交わす機会もなかった。
短期間の間に何度も、親戚の家をたらい回しにされて。
自分が誰にも望まれていないことも、何処に行っても厄介者以外の何物でもない存在なのだと、幼心に自覚していた。
周囲の人間が信じられなくなって、知らない人が傍に居ると、不安で堪らなくなって。
常に何かに、誰かに傷つけられるのでは無いかと、びくびくしていた。
だから、その時初めて会った「兄」も。
それまでに会った大人のように、次の瞬間には自分を打擲するのではないか。
あるいは、冷たい言葉で自分を罵るのではないかと怯えていた。
怖くて、顔を見上げることも出来なかった。
しかし、「兄」はそんな僕に、優しく微笑みかけた。
「大丈夫だよ、怯えることはない」
そう言って、「兄」はそっと手のひらを差し出した。
てっきり殴られると思った僕は、思わずぎゅっと目をつぶった。
…だが、「兄」は僕を殴ろうとしたのではなかった。
ぽん、と。
僕の頭に、そっと手のひらが乗せられた。
その手が自分を殴る為じゃなくて、頭を撫でられているのだと気づいて、初めて。
僕は、ハッとして顔を上げた。
その時、こちらを優しく見下ろしていた「兄」と目が合った。
「私の名は、無悪加那芽(さかなし かなめ)。君の兄だ」
「…兄…」
自分に兄弟がいるなんて全く想像していなかった僕は、ただただ驚いて、兄だと名乗った男の人をじっと見上げた。
「兄」は相変わらず、優しく僕の頭を撫でながら言った。
「今日から君は、無悪本家の屋敷で私と一緒に暮らすことになるんだよ。…困ったことがあったら、何でも言いなさい」
「…」
僕は何も答えることが出来ず、じっと「兄」を見つめるだけだった。
「兄」はそんな僕の手を取って、優しく促した。
「さぁ、おいで。ここが、君が今日から暮らす家だ」
そうして、僕が連れて行かれたのは、これまで見たこともないくらい立派な大邸宅だった。
そこが、『無悪グループ』本家の屋敷。
あれから十年経った今でも、僕は、その家に暮らしている。
自分が声をかけられたのは分かったが、あの時の僕は、まともに返事も出来なかった。
母が亡くなって以来、僕は誰とも、ろくに言葉を交わす機会もなかった。
短期間の間に何度も、親戚の家をたらい回しにされて。
自分が誰にも望まれていないことも、何処に行っても厄介者以外の何物でもない存在なのだと、幼心に自覚していた。
周囲の人間が信じられなくなって、知らない人が傍に居ると、不安で堪らなくなって。
常に何かに、誰かに傷つけられるのでは無いかと、びくびくしていた。
だから、その時初めて会った「兄」も。
それまでに会った大人のように、次の瞬間には自分を打擲するのではないか。
あるいは、冷たい言葉で自分を罵るのではないかと怯えていた。
怖くて、顔を見上げることも出来なかった。
しかし、「兄」はそんな僕に、優しく微笑みかけた。
「大丈夫だよ、怯えることはない」
そう言って、「兄」はそっと手のひらを差し出した。
てっきり殴られると思った僕は、思わずぎゅっと目をつぶった。
…だが、「兄」は僕を殴ろうとしたのではなかった。
ぽん、と。
僕の頭に、そっと手のひらが乗せられた。
その手が自分を殴る為じゃなくて、頭を撫でられているのだと気づいて、初めて。
僕は、ハッとして顔を上げた。
その時、こちらを優しく見下ろしていた「兄」と目が合った。
「私の名は、無悪加那芽(さかなし かなめ)。君の兄だ」
「…兄…」
自分に兄弟がいるなんて全く想像していなかった僕は、ただただ驚いて、兄だと名乗った男の人をじっと見上げた。
「兄」は相変わらず、優しく僕の頭を撫でながら言った。
「今日から君は、無悪本家の屋敷で私と一緒に暮らすことになるんだよ。…困ったことがあったら、何でも言いなさい」
「…」
僕は何も答えることが出来ず、じっと「兄」を見つめるだけだった。
「兄」はそんな僕の手を取って、優しく促した。
「さぁ、おいで。ここが、君が今日から暮らす家だ」
そうして、僕が連れて行かれたのは、これまで見たこともないくらい立派な大邸宅だった。
そこが、『無悪グループ』本家の屋敷。
あれから十年経った今でも、僕は、その家に暮らしている。