【完結】梅雨鬱々倶楽部~梅雨と初恋、君の命が消えるまで~
チョコレイト
梅雨鬱々倶楽部、結成から2日後。
放課後、コノミは大急ぎで公園行きのバスへ乗った。
今日も雨。
ずっと降り続く雨。
いつもは、心地よくは思わない雨。
だけど梅雨鬱々倶楽部では、雨が降っていないとダメだ。
彼に会いたいワクワクした気持ちを、雨が隠してくれる気がする。
ナギサの事はもちろん、誰にも話していない。
公園を歩いていると、また声をかけられた。
「すみません、道を聞きたいのですが……助けてください」
「あぁ、はい。いいですよ」
此処は迷いやすいようだ。
屋根付きベンチは、少し遠い場所で……でもナギサがこちらを見ているような気がした。
道を教えて、コノミは急いでベンチへ行く。
「こんにちは!」
「そんなに、急がなくてもいいよ。こんにちは」
今日のナギサは、深い深い濃い青の着物を着ていた。
一瞬、見惚れてしまう……かっこいい。
「だって……時間が迫っちゃうんだもん」
「それは仕方がないよ。足は痛くない? 走ったら駄目だよ」
「あ、えへへ。大丈夫。でも気をつけるね」
コノミはどこに座ろうか一瞬迷って、今日はそのままナギサの隣に座った。
ちょっと恥ずかしいけど、ナギサも何も言わない。
「学校お疲れ様。なにか疲れてる?」
「ちょっと抜き打ちテストがあってね」
今日も、失望した目を向けられた。
勘違いだと思いたいけど、きっと失望はされている。
でも、そんな事はどうでもいい!
「大丈夫?」
「全然! そんなことより~~」
本がいっぱい入ったカバン……ではなく小さなマチ付きトートバッグから、包みを取り出す。
「これを……」
「え?」
「これをナギサくんに……」
ドキドキと心臓が疼く。
「僕に?」
「チョコレート……です」
「え? つく……いや、買ったの?」
「つ、作ったんだよ」
一応、ラッピングをしてある。
ナギサは目を丸くした。
「あ、ごめん。こんな綺麗に包んであるから、素敵なお店で買ったのかと」
「な、中身は大したことないけど、ラッピングは可愛いの選んだから」
慌てて調べて作ったチョコお菓子。
一番カンタンなトリュフ。
溶かしたチョコレートに生クリームを混ぜて丸めてココアをまぶした。
可愛い箱に可愛く上品に6個だけ入れてきた。
生まれて初めて、チョコのお菓子を作った。
「すごいよ。これを作ったの? コノミさんはすごいね」
冷静でクールで知的に見えるナギサが、幼い子のようにチョコを見る。
簡単に作れるという事をナギサは知らないのだろうが、可愛い反応を見てコノミの心に嬉しさが滲む。
アルコールティッシュを渡して、手を拭いたナギサが一つトリュフを手に取った。
「それでは、いただきます」
ドキドキしてナギサが食べるのを見守る。
彼は食べ方も上品で、ゆっくりと静かに味わう。
こんな風に手作りを食べてもらうのに緊張する時間も、初めてだ。
「うん……想像していたよりも、とても美味しい。こんなに甘く舌でとろけるようなものだとは」
静かな感想のなかに嬉しさを感じることができて、コノミは踊りだしそうになる。
「やったぁーー! よかった! コーヒーと紅茶もそこの自販機で買ってきたの。どっちがいい?」
「えっ……なんか色々とありがとう。コーヒーも飲んだことがないんだよね」
「そうなの?」
「嗜好品はあまり許されていなくてね。欲が出ると困るから」
「……なんで……」
「あぁ、こっちの話。嬉しいよ。でも僕はお金はもっていないんだ……」
「いいよ! 勝手に買ってきたんだもの。じゃあコーヒーあげるね。微糖だけど」
缶コーヒーを渡すと、ナギサは缶コーヒーを開けてまた上品に一口飲む。
着物姿の男の子が缶コーヒーとチョコ。
不釣り合いで、それがまたいい。
「うん、良い香りだ。苦みがあるけどスッキリして、甘いチョコレートととても合う。美味しいよコノミさん、ありがとう」
微笑んだ彼は、梅雨の薄暗い雨のなかで綺麗に輝く蛍のようだった。
「喜んでくれて嬉しい! 食べてくれてありがとう」
「食べたことにお礼を言われるだなんて、コノミさんはもしかして天女かな」
「えっ……」
それってめちゃくちゃ褒め言葉? 天女という綺麗な存在に例えられてコノミの頬は熱くなる。
「もう一つ食べてもいい?」
「う、うん! これは全部、ナギサくんのだよ」
「そうなの? コノミさんも一緒に食べようよ」
「え~うん……でもナギサくんへのプレゼントなのに」
「友達と一緒にお菓子を食べてみたいんだ。こんなに美味しいチョコレートがきっともっと美味しくなるだろう」
「そうだね……! じゃあひとつ」
試しに作って、何度も試食したトリュフ。