【完結】梅雨鬱々倶楽部~梅雨と初恋、君の命が消えるまで~
実際は別段に変わった事もない、スーパーで一番良い生クリームと製菓用のチョコとココアパウダー。
でもナギサと一緒に食べると、確かにすごく美味しく感じた。
「美味しい」
「美味しいね……あの、持って帰ることはできないんだ」
「あ、そうなんだね。うん箱は回収するよ~全部食べれる?」
「ごめんね。うん、帰るまでにゆっくり頂くよ……でもこのリボンだけ頂いてもいい? これなら持っていられそう」
ラッピングのリボン。
彼をイメージして選んだ綺麗な青色のリボンだ。
そういえば、材料を買ってる時も、トリュフを作っている時も、ラッピングしている時もずっとナギサの事を考えていた……。
「もちろんだよ」
彼は、それを大事なもののように帯に仕舞う。
隠して持って帰る、ということだろう。
なんだか心が、こそばゆい。
でも、ナギサの家の状況……そして身体の事はとても気になる。
それでも、聞かない方がいい空気を感じていた。
「うん……あっ」
コノミのスマホだ。
バイブにしていくのを忘れていて音が鳴ってしまった。
雨の中にメールの音が響く。
「大丈夫?」
「うん、友達。相談したいんだって……ちょっと学校の友達と喧嘩しちゃったって、助けてほしいって……」
「コノミさんは、皆に頼られる人なんだね」
「えへへ……そんな事ないんだけど」
いや、コノミはそう意識している。
友達に頼られる存在でなくてはいけない。
親に認められなくても、友達には頼られる存在にならなくちゃ。
それが自分の存在意義。
今日の夜に、相談の電話がしたいとメールに書いてあった。
昨日のチョコ作りも、親に見られて嫌味を言われた。
そんな時間があるのなら、学びなさいと……。
なので今日は、両親に真面目な態度を見せなければと思っていた。
でもこの相談を断れば、コノミへの信頼度が薄れてしまう気がする。
なにより、助けを求めているのだ。
「……人を助けたいから……」
「立派だね。コノミさんは……」
そんな風に言われて、胸が熱くなる。
顔も熱くなる。
ナギサはコノミの事を認めてくれる。
「コ、コノミでいいよ」
「え?」
「さんってつけなくても……友達でしょ」
「あ、あぁ……そうか。そういうものか……友達って」
「うん、そうだと思う」
「じゃあ僕のこともナギサでいいよ」
「……ナギサ……くん……」
「ふっ……なんだい、自分で言っておいて」
男子を呼び捨てで呼ぶ事も普通にあるのだが、ナギサを呼び捨てにするのはなんだか緊張する。
「ナギサくんは、ナギサくんって感じがするんだもん。だからナギサくんでいい」
「そうかい、コノミがそう思うならそれでいいよ」
「ふあぁっ!!」
ナギサの優しい声で『コノミ』と呼ばれるのは、想像以上に破壊力があった。
「今の反応はどういう意味?」
「えっ……いや、う、嬉しいなって思ったんだよ。ほら! チョコ食べたらいいよ」
ごまかすためにチョコを勧めた。
「あぁ、うん。頂きます……うん、美味しい」
雨音の響く公園。
静かに時間が流れる。
今日もあっという間に夜になる。
「じゃあ、今日も気をつけて……」
「うん……あの梅雨って……いつ終わるの……あの……梅雨鬱々倶楽部はいつまで……」
コノミが気付いた時には、梅雨は始まっていた。
ナギサの命がいつまで……? とは聞けない。
「雨が続くのは……あと一週間かな」
「え? 雨……あと一週間? そ、それって」
「僕が死ぬのが、あと一週間だよ」
「……ナギサくんが……一週間で」
「サナギにもなれないけど、セミとの出逢いとでも思ってくれたらいいよ。良い思い出ができた。チョコもコーヒーもすごく美味しいよ。本当にありがとう」
何度聞いても、コノミの胸に突き刺さる。
でもナギサは、なんでもない事のようにチョコを食べて少し微笑む。
「明日も来るから!」
「無理はしないでね」
それでも、コノミは二日公園に来ることができなかった。
チョコ作りのあとに、友達からの相談電話。
生活態度が悪いと叱責されたコノミは、放課後に二日間塾で特別講義を受けることになってしまったのだ。
スマホも取り上げられ、友人との連絡をすることもできなくなった……。
そして3日後の朝。
コノミは足が痛いと言って、整骨院に行って……公園に行く。
バスの時刻表なんて最初から見ていない。
本がいっぱい詰まった重いカバンが邪魔だけど、コノミは走る。
「あの、すみません」
「え!?」
「道を知りたいんですが……助けてもらえますか」
「あっ……は、はい!」
焦りながらも道を教えて、頭を下げて歩いて行く人を見送ってコノミはまた走る。
「ナ、ナギサくん……っ……早く行かなきゃ」
今日の雨は、霧雨だった。
傘を差さなくてもいいくらいで、それが逆にナギサの命が弱くなっているようでコノミは怖くなる。
たった数日しか会ってない男の子。