【完結】梅雨鬱々倶楽部~梅雨と初恋、君の命が消えるまで~
生贄の日
2日過ぎて、3日過ぎて……雨はまだ降り続く。
コノミは、あれから公園には行っていない。
コノミは、ナギサをすっかり忘れ……てはいなかった。
あの帰り際にかけられた忘れる術は……コノミには効かなかった。
それはコノミが、彼からの術を、自ら防いだからだ。
「……ナギサくん……」
もうナギサとは会わない……?
もう、諦めた……?
「無理だよ! 忘れることなんかできない! ナギサくん……! 私、行くよ……!!」
真夜中、梅雨の真夜中。
数日、大人しく学びを続けた事で両親の機嫌もすっかり直っている。
こっそり、父親の禁書部屋から持ち出した本。
しかし警報が鳴る、自分の家の大屋敷を飛び出した。
「誰だーーー!?」
「ごめんなさいっ!!」
夜の街を駆ける、制服姿の少女。
背中には本がぎっしり詰まったリュックを背負い、走る。
足が痛んでも、息が切れても、走る。
目指すはあの……公園だ!!
「すみません……道を聞きたいのですが……助けてください……」
「はぁっ……はぁ……助けがいるんですね!? わかりました! 今日はこの公園は避けてください! 今日は此処は通らない方がいいです!!」
コノミは道を聞いてきた人にそう言う。
今日のこの公園は、異様な雰囲気に包まれている。
これから、ナギサがあの鯨に食われる。
あの屋根付ベンチまで辿り着けるのか……。
でも公園の中は、特に封鎖も厳重警戒されているわけでもなかった。
ただ、いつも点いていた外灯は消えていて真っ暗。
一般人への威嚇的な下級結界が張られているのを感じる。
雨が降り続く。
酷い雨のなか、それが近付いてくるのがわかった。
あの真っ白な鯨。
彼の命を――喰らう、化け物。
「はぁっ……はぁっ……ナギサくん……ナギサくんっ……ナギサーーーーーーーーーー!!」
屋根付ベンチから、ナギサは出て公園の砂利の通路に出ていた。
真っ白な着物。
それは本当の白装束。
「……コノミ……!? 止まれ!!」
キィーン……と雨に混ざった金属音。
彼の周り10メートル。
囲うように、輝く光のチェーンが動き回っている。
コノミを静止するために、伸ばした右手にはチョコレートの包みに使った青いリボンが結ばれていた。
「ナギサくん!」
「何故……君は僕のことを忘れなかったのか……?」
「あんな術、私には効かない!」
「効かない……って……何故? どうして来たんだ!」
「どうしてって、そんなの……こんなの間違っているから……!!」
あの光るチェーンに近寄るのは危険だと第六感が告げている。
周りには誰もいない。
見守り、彼の最後を看取る人もいない。
ただの家畜の餌やりのように、いや、ネズミ捕りか、トラバサミのように。
生贄になったナギサを放置して……捕まった鯨だけ……ただの結果だけ摘み取るつもりなのだ。
間違っている……許せない、悍ましき儀式だ!
「間違ってなんか、いないんだ……さぁ危ないから帰るんだ」
「やだ……いやだよ……! 間違ってるよ!! 絶対に助けるから……助けてって言って!!」
コノミの言葉に、ナギサは少し目を丸くした。
「助けなんかいらないんだよ。僕はこの運命を受け入れているから……このために生まれてきたんだ」
「化け物の餌になって!? 武器の材料になっていいの!?」
「そうだよ。一人の命で沢山の人間を救える武器が作れる。これで何百年も安心できる……安いものだよ」
その話は聞いた。
びしょ濡れの二人は、更にびしょ濡れになっていく。
青いリボンも濡れていく。
くたびれて、しおれていく……。
「そんなのおかしいよ! 助けてって言って!」
「何故さ」
「契約を結ばないと……助けられない……干渉できない……」
悔しさで拳を握って、コノミは下を向く。
雨か涙か……雫が滴り落ちる。
「契約……?」
「そうだよ、だから私に助けてって言ってーー!!」