人気の動画配信グループに男装してダンス教えてます

ダンス指導決定

 幸い、五十嵐先輩はすぐに再生を止めてくれたけど、私は茹でダコみたいに真っ赤になる。
 それを見たみんなは、目を丸くしていた。

「君、もしかして恥ずかしがり屋? わざわざ顔隠して配信してるのは、そのため?」
「は、はい。そうです。マスクの中身がオレだってわかったら、ガッカリさせるってのもあるけど……」
「ガッカリ? 別にガッカリなんてしないと思うけど」
「し、します。こんな地味で暗くて何のオーラもない奴がやってるなんて、誰も知りたくないに決まってます!」

 私の訴えに、スートのメンバーは一斉に首を傾げるけど、それはきっと、今の私が本当の姿だと思ってるから。
 男装をやめて奥村亜希だってバラしたら、どうなるかわからない。
 今さらだけど、とんでもないことになってるんだって、プレッシャーを感じる。

「あの。やっぱり、こんなオレが皆さんに教えるなんて無理なんじゃ……」
「おい。ここまで来てそれはないだろ!」
「ひぃっ! ご、ゴメン!」

 九重くんに怒鳴られて、反射的に謝る。だけどそこで、五十嵐先輩が間に入ってきた。

「奥村奈津くん。無理かどうかの前に、君自身はどう思っているんだ?」
「えっ?」
「もしかして、恭弥が強引に誘ったんじゃないか? 嫌なら断っていいんだぞ」
「おい!」

 九重くんが声を上げるけど、五十嵐先輩は少しも動じず、私と九重くんを交互に見る。

「だってそうだろ。いきなりこんなこと頼まれても戸惑うし、教えるってなると一回ですむもんじゃない。隣街からここまで、何度も足を運んでもらうことになる。無理言って頼めることじゃないだろ」

 五十嵐先輩の話を九重くんも静かに聞く。
 だけど区切りがついたところで、ボソリと呟いた。

「けど俺は、教えてもらうならコイツがいい」

 すると、それを聞いた五十嵐先輩も、他の二人も、揃って肩をすくめる。

「まあ、恭弥ならそう言うだろうね」
「マスクダンサーに相当惚れ込んでたからね。何が何でも協力してもらうって、意気込んでたんだよ」

 そうなんだ。
 それは、嬉しい反面、ちょっとだけ申し訳ない気持ちにもなる。

「本当に、オレなんかがみんなに教えて大丈夫なの?」

 最初頼まれた時から、ずっと思ってた。
 九重くんを応援したいって気持ちに嘘はない。けど九重くんも、他のスートのメンバーも、全員凄い人なんだよ。そんな人たちに、あれこれ教える資格なんてあるのかな?
 一緒にいることで、私が奥村亜希だってバレるのも、もちろん心配。だけどそれ以上に、私なんかが教えていいのか不安だった。

「なあ。その、オレなんかっての、やめねえか」

 急に、九重くんがそんなことを言う。それも、不機嫌そうな声で。

「俺はお前のダンス見て、本当に凄いって思ったんだよ。なのに、なんかって言われたら、俺が思った凄いはいったい何だったんだよ」
「ご、ごめん。でも……」

 反射的に謝るけど、じゃあやめるとは言えなかった。
 いくら九重くんに言われても、こればっかりは簡単に変えられない。

「でもじゃねえよ。言っとくけどな、お前のダンスが凄いって思ったのは、俺だけじゃないからな。ここにいる全員だ」
「そ、そうなの?」

 てっきり九重くん一人が特別推してたんだと思ったけど、違うの?
 みんなを見回すと、全員が揃って頷いていた。

「最初に見つけたのも一番熱を上げていたのも恭弥だけど、俺達だって凄いって思ってるよ」
「でなきゃ恭弥がいくら言っても、ここに連れてくることを許しはしなかったさ」
「正直、なんでそんなに自信ないのかわかんない」

 これって、本当に私のこと言ってるの?
 とても信じられない。だけど、言われる度に胸の奥が熱くなる。

「お前がどうしてもやりたくないなら、残念だけど諦める。けど、オレなんかって言うな。それなら、俺達がこんなこと言うわけないだろ」
「う、うん……」

 どうしよう。胸の奥が更に熱くなって、ドキドキするのが止まらない。
 スートのみんなは、私のことなんて何も知らない。ただ、ダンス動画を見ただけ。なのに、こんなに暖かいことを言ってくれる。
 私のダンスが誰かの心に届いたみたいで、嬉しかった。そんなの、無理だって諦めてたのに。
 だけどそこで、九重くんがギョッとしたように言う。

「お、おい。俺、何か変なこと言ったか?」
「えっ?」

 最初、九重くんの言ってる意味がわからなかった。
 だけど気づく。いつの間にか、自分の目に涙が溜まっていることに。

「あっ。こ、これは、違うの! ただ、嬉しくて……」

 こんなところで泣き出したら、絶対変なやつって思われる。目をゴシゴシこすって、無理やり涙を止める。
 泣いてる場合じゃない。それよりも、ちゃんと伝えなきゃいけないことがあるから。

「本当に、オレがみんなに教えていいの?」
「しつこいぞ。何度も言わせるな」

 ドクンと、もう一度大きく心臓が鳴る。
 そして、気づけば告げていた。

「お、オレでよかったら、いいよ」
「本当か!」

 とたんに、九重くんの顔がパッと明るくなる。
 彼だけじゃない。スートのみんなが、一斉におおって声をあげる。

「じゃあ、決まりだな。これからよろしく。マスクダンサー、奥村奈津くん」

 ああ、引き受けちゃった。
 もしかすると、とんでもないことをしてしまったのかもしれない。
 だけど今は、不安よりも、嬉しさの方が大きかった。
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