人気の動画配信グループに男装してダンス教えてます

男の子のふりって大変

 こうしてダンスを教えることになったけど、私は今まで自分で踊るだけだったから、教え方なんて知らない。
 九重くんたちもそれはわかっていて、まずは、普段どんな練習をしているか教えてほしいって言われたの。

「色々あるけど、まずは基礎練習かな。ストレッチで柔軟性を身につけたり、筋トレで体幹を鍛えたりするやつ。あと、リズムトレーニング」
「へぇ。早速やってみよっと」
「あっ。頑張るのはいいけど、キツイって思ったらストップして。無理すると体を痛めたり、変な癖がついたりすることがあるから」
「わかった」

 こんな風に声かけしながら練習を続けること数時間。だけど、これでいいのかなって不安になる。
 こういう基礎練習って、すっごく地味なんだよね。色んな練習を織り交ぜてはいるけど、基本はひたすら似たようなことの繰り返し。
 みんな飽きてないかな?

「ごめん。もっと一気にうまくなる方法があればいいんだけど」

 そう言うと、それを聞いた九重くんが声をあげた。

「おい、俺らをなめるなよ」

 えっ? 私、何か怒らせるようなこと言った? だったら謝らないと。
 だけど、そのやり取りを見ていた日比野くんが笑い出す。

「一気にうまくなる方法なんて、あったら誰も苦労しないでしょ。それくらい、僕達だってわかってるから。こういうのが、うまくなるためには必要なんでしょ?」
「う、うん」

 ダンスをやって一番楽しいのは、もちろん好きな曲に合わせて踊る時。けど大事なのは何かって言われると、こういう練習なんだと思う。

「まずは体力つけないと練習を続けることだってできないし、動きのキレやリズム感って、何を躍るにしても絶対必要だから、こういうのを何度も繰り返すのが、うまくなる一番の方法なんだ。それに一人で家で練習できるものも多いから、毎日時間を決めて続けたら、確実に力になる」
「「おぉーっ!」」
「……って、昔通ってたダンス教室の先生が言ってたから」

 みんな感心したように声をあげるもんだから、慌ててダンス教室の話を付け加える。
 色々語ったけど、私は先生が言ってたことをそのまま伝えただけだもん。

「へぇ。ダンス教室に通ってたんだ」
「うん。今はもうやめたけど」
「なんで? あんなにうまいなら、続ければよかったのに」
「えっと、それは……」

 思わぬ質問に、ギクリとする。
 どうしよう。どうしてやめたかは、できればあんまり言いたくない。けど、何も答えないのも変だよね。

 するとそこで、小野くんが話に入ってきた。

「俺もピアノやってた頃は、とにかく基礎が大事って叩き込まれたよ。知らない人ほど、いきなりうまく弾きたいって言うけど、うまくなるには地味な努力が必要なんだよね」
「そう。そうなの!」

 小野くんといえば、昔は賞を取るくらいのピアノ少年だった。ダンスとは違うけど、基礎練習の大事さってのは、よくわかっているのかも。

「そういえば、さっきのリズムトレーニングでは小野くんが一番できてたけど、やっぱり音楽やってた影響なのかな?」
「まあね。リズム感なら自信があるよ」

 ちょっぴり得意そうな顔をする小野くん。すると、それを見た日比野くんが口を尖らせた。

「リズムゲームでも、一度も勝てたことないからね。他のゲームなら僕の方が上なのに」

 そういえば、ゲーム配信する時は日比野くんが中心になることが多いけど、リズムゲームではいつも小野くんが勝ってたっけ。

 小野くん以外でうまいのは、やっぱり九重くん。元々スポーツ万能だし、イメージ通りに体を動かすことが得意なんだと思う。

 それに、これは全員に言えることだけど、みんな揃って表情がいいの。ダンスといえばもちろん動きは大事だけど、きちんとした表情を出せたら、見ている人を大きく引き込むことができる。
 そんな彼らが、ちゃんとした技術を覚えたらどうなるんだろう。

「どれだけうまく教えられるかわからないけど、みんなならきっと、凄いのができると思う」

 ワクワクしながらそう言うと、それを聞いた九重くんが、イタズラっぽく笑った。

「じゃあ、そうなれるよう、よろしく頼むぜ、先生」
「せ、先生!?」
「教えてくれるんだから先生だろ。何か間違ってるか?」

 そ、そりゃそうかもしれないけど、先生なんて呼ばれたら、どうしたらいいのかわからなくなるよ。

「せ、先生は、やめてくれないかな?」
「だったらよ、俺のことも、苗字で呼ぶのやめないか?」
「えっ、それって……?」
「他の奴らみたいに、恭弥って呼べよ」

 えっ? えぇっ? それって、男の子を下の名前で呼ぶってことだよね。
 けど、九重くんは私のことを男子だと思ってるし、男の子同士ではそれが普通なのかも。

「きょ……恭弥」
「おう。これからはそれで頼むぜ、奈津」

 すると、それを見た他のメンバーも一斉に言ってくる。

「恭弥が名前呼びってことは、もちろん俺達だってそうだよね」
「一人だけ特別扱いはなしだよ」
「うちは、年上年下関係ないからな。先輩って言うのもなしだぞ」
「う、うん。拓真。怜央。瞬」

 男の子たちとこんな風に呼び合うなんて、少し恥ずかしい。
 だけど、なんだか距離が縮まったみたいで嬉しかった。

「なんだかすっかり話し込んだけど、練習はどうするんだ?」
「あっ、そのことだけど、今日はもうこれくらいにしておこうと思うんだ。一気にたくさんやるより、毎日続ける方が大事だから」
「そうだな。じゃあ、今日はここまで」

 みんなけっこう疲れていたこともあって、反対する人はいなかった。
 それぞれ息をつき、九重くんは体が火照っていたのか、服のえりをパタパタさせて、中に風を送ってた。

「それにしても、けっこう汗かいたな。なあ、瞬。この前俺が泊まりに来た時置いていった着替え、あるよな」
「ああ。そこに置いてあるから、いい加減持って帰ってくれ」

 九重くん、この家に泊まったことがあるんだ。スートのみんな、仲いいんだな。
 なんて、呑気に思ってたその時だった。
 突然、九重くんが着ている服を脱ぎ始めた。

「きゃっ!」

 男装してることも忘れて叫ぶ。
 だ、だって、服を脱いだってことは、その下は裸なんだよ。いきなりそんなの見せられて平気なわけないよ!

「ん、どうした?」

 そんな私の動揺なんてこれっぽっちも気づかず、九重くんがキョトンとする。
 九重くんからしたら、普通に男子の前で着替えるだけだからなんでもないだろうけど、今も上半身は裸のままで、直視できないよ。

「お前も汗かいたなら、俺の服貸すから着替えるか?」

 九重くんはそう言いながら、ズボンも脱ごうと、ベルトに手をかける。
 これ以上見るのも、私まで着替えるのも、どっちも無理!

「お、オレはいいから。そ、それより瞬、トイレ借りていい?」

 五十嵐先輩からトイレの場所を聞いて、大急ぎで部屋から出ていく。
 男の子のふりするのって、思った以上に大変なのかも。
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