人気の動画配信グループに男装してダンス教えてます

同じステージに

 麗ちゃんと一緒に、ステージの見える場所まで急ぐ。
 着いた時には、前の人達の出番が終わって、スートのみんなが出てくるところだった。

「次は中学生の動画配信グループ、スートです!」

 司会者の人がそう言ったとたん、色んなところで歓声が起きる。
 スートは有名だから、楽しみにしている人も多かったんだろう。
 それからスートのみんながステージに出てくるけど、それを見た一部の人がザワついた。

「あれ、奈津くんは?」
「一緒に出るって言ってたよね?」

 私も出るってことは、配信でたくさん告知していたから、姿が見えなくて戸惑う人も多いみたい。
 これってまずいかも。もしも今、奈津を知ってる人に見つかったら、騒ぎになるかも。
 そう思ったら、麗ちゃんが帽子を渡してきた。マスクダンサーの配信やってる時に被ってた、あの帽子だ。

「これ使って。念のため持ってきたんだ」
「うん、ありがとう」

 深く被って、顔を隠す。
 その時、五十嵐先輩が集まった人達に向かって声を張り上げた。

「みんな、ごめん。事情があって、今日奈津は出ることができなくなった!」

 それを聞いて、ザワつきがますます大きくなる。えーって、残念がる声も聞こえてくる。
 私が出るの、楽しみにしてくれてる人もいたんだ。なのに私は、そこから逃げ出した。期待してくれた人を裏切った。

「驚かせてゴメン! 急なことだし、俺達もずっと一緒に踊るつもりで練習してたから、どうしようってなった!」
「奈津抜きでどんなパフォーマンスするか、さっきステージ裏でちょっと揉めたんだ」

 困ったように言う、小野くんと日比野くん。
 思わずごめんと、小さな声で呟く。
 だけどそれは、九重くんの声にかき消された。

「けどな、例え奈津がいなくても、俺達は奈津も一緒のつもりで踊る! ヘンテコなステージになるかもしれないけど、これが俺達のやりたいことだから!」

 九重くんが言い終わると同時に、スピーカーからダンスの曲が流れ始める。
 同時に、みんながステージの上でバラけて、それぞれの立ち位置につく。
 それを見た一部の人から、またも驚くような声が上がった。

「あれって、何かおかしくない?」

 ステージに散らばるみんなの間に、一ヵ所、大きな隙間が空いていた。
 そこは、本来なら私が踊るはずの場所だった。
 そしてみんなは、そのまま踊り出す。

「どうして……」

 驚いたのは、私も同じ。
 明らかに一人いないってわかる状態でのダンスは、どう見たって不自然だ。
 けどそれなら、みんなの立ち位置を変えるとかして、見栄えを良くする方法はあるはず。みんながそれをわからないはずがない。
 なのに、どうして何もやってないの?

「奈津の居場所、無くしたくなかったのかも」

 ステージを見ながら、麗ちゃんが言う。
 私と一緒のつもりで踊るって、そういうこと?
 
 ヘンテコなステージになるかもしれない。
 さっき、九重くんが言った言葉を思い出す。
 その通り、こんなのどう見たって変。
 だけど、だけどね。
 私には、まるでここが奈津の居場所なんだよって、みんなが言ってくれてるようだった。

「きゃぁぁぁぁっ!」
「頑張ってーーーーっ!」

 そんなみんなのステージを見て、あちこちから声が飛ぶ。
 どう見ても不自然だってわかってて、それでもスートを応援してくれているんだ。

 それはとても嬉しくて、だけど同時に、凄く歯がゆかった。

「どうして私、あそこにいないんだろう」

 みんなが頑張れば頑張るほど、空いた隙間がどうしても目立ってしまう。足りないってわかってしまう。
 私のせいでこうなったのは、やっぱり申し訳ないし、くやしかった。

「私も、みんなと一緒に踊りたい」

 今さらこんなこと言っても、遅すぎるかもしれない。
 だけどみんなは、こんな私と一緒にいたいって言ってくれた。居場所を残しておいてくれた。
 私だって、みんなと一緒にいたかった。あのステージで、一緒に踊りたかった。

「行きなよ」

 麗ちゃんがポンと背中を叩いて、ニコリと笑う。
 まるで、私が何をしようとしているのか、全部わかっているみたい。
 それが、最後のひと押しだった。

「うん。ありがとう」

 そう言って、それまで深く被ってた帽子を外す。
 顔を見せたことで、私が奈津だって気づいた人がいたみたい。近くでちらほらと、驚きの声があがった。

 それから、人を掻き分けステージに向かって進んでいく。
 私が奈津だって気づく人はますます増えていって、ザワつく声が大きくなっていく。
 その声は、ステージにも届いていた。

「奈津!」

 私に気づいたスートのみんなが、名前を呼ぶ。
 それだけじゃない。その時ちょうど真ん中にいた九重くんが、踊るのをやめ、ステージから身を乗り出し、こっちに向かって手を伸ばす。

 私がその手を掴むと、そのままグッと引っ張って、一気にステージの上に引き上げた。

「奈津くんだ!」
「えっ、来たの!?」

 ひときわ大きな歓声があがる中、私の心臓はバクバクだ。
 勢いでここまで来たけど、大勢の人の前で踊るのはやっぱりまだ怖い。
 それでも、やるって決めたんだ。

「二人とも、早く自分の位置につけ!」
「もう時間が残ってないよ!」
「最後は全員で決めるよ!」

 他のみんなが、踊りながら次々に声をかけてくる。
 この時点でダンスは終盤になっていて、残りの時間はほとんどない。
 ならその僅かな時間で、全てをぶつけるんだ。

 大勢の人に見守られる中、スートのみんなと一緒に、何度も練習したステップを踏んだ。
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