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咄嗟の嘘

 昼休みは、麗ちゃんと一緒にお弁当。
 麗ちゃんとはクラスが違って、学校にいる間ずっと一緒にいられるわけじゃないから、この時間はいつも楽しみ。

 だけど今日は、そんな楽しい時間も、どこか上の空だった。

「亜希。ねえ、亜希ってば!」
「えっ? な、なに?」
「なにじゃないよ。さっきからボーッとして、どうしたの?」

 私、そんなにボーッとしてたっけ。そういえば、今まで何を話していたか覚えてない。

「ごめんね」
「謝らなくてもいいけどさ。もしかして、何か悩みでもあるの? だったら力になるけど」

 そう言ってくれるのは、すごく嬉しい。
 だけどなんでもかんでも頼りっぱなしってのは、やっぱり申し訳ないの。

「大丈夫。私、これからちょっと用事があるから、もう行くね」

 そう言って、お弁当を片付け、その場を離れる。
 ちなみにお弁当は、半分くらいしか食べられなかった。これからのことを考えると、緊張で胃が痛くなったから。

 私の悩みは、もちろん九重くんからスピーカーを返してもらうこと。
 
『昨日は、忘れていったスピーカーを拾ってくれてありがとうございます。返してもらいたいのですが、会うことはできますか? あなたと同じ学校なので、昼休みや放課後会うのってダメですか?』

 勇気を出して九重くんにこんなメッセージを送ったん、すぐに返事が返ってきた。

『えっ、同じ学校? マジで!? 会うのはいつでもできるから、今日の昼休みでいい?』

 そして、今がその昼休み。
 これから私は、九重くんに会いに行く。

 場所は、体育館裏。
 あそこなら滅多に人は来ないし、二人だけで会いたいって伝えたから、他の人には見られないはず。

 九重くん。昨日会ったのが私って知ったら、なんて言うかな?
 待ち合わせのメッセージを送った後、何年何組の誰なのかって聞かれたけど、詳しいことは会ってから話すとだけ返したんだよね。

 メッセージ越しに時間をかけてやり取りするより、パッと会って、さっさとスピーカーを返してもらって、ついでに昨日見たことを秘密にしてって頼んで、全部一気に解決したかったから。

 解決、するよね? できるよね!?

 緊張しながら、体育館裏に向かう。
 建物の角からコソッと様子をうかがうと、メッセージでお願いした通り、九重くんは一人で待っていた。

 改めて見ると、やっぱり九重くんはかっこいい。
 こんな所でただ立っているだけなのに、それだけで絵になる。

 だからこそ、今からあの人に声をかけなきゃいけないって思うと、さらに緊張が増してくる。

「こ、ここ、九重くん。あ、あああ、あの、私……」

 建物の角から飛び出し、気合を入れてかけた言葉は、自分でも驚くくらい噛みまくっていた。
 こんな変なのがいきなり話しかけて来たもんだから、九重くんは一瞬ギョッとしたように後ずさる。

「お、お前、うちのクラスの奥村だよな。こんなところで何してるんだ?」
「え、えっと……」

 どうしよう。あんなに言わなきゃって思ってたのに、なかなか言葉が出てこない。
 すると九重くんの方から、こんなことを聞いてきた。

「なあ。この辺で男子を見なかったか? 男にしては小柄で、多分お前と同じくらいの身長だと思うんだけど」
「えっ?」

 だ、男子?
 私と待ち合わせしているはずなのに、どうして男の子を探してるの?

「み、見てないけど、どんな人なの?」
「それが、どんな奴かはよく知らないんだ。だだ、今からここで会うことになってる」
「それって……」

 九重くんが言ってるの、多分私のことだよね。
 そういえば、昨日の私は完全に顔を隠してたし、メッセージでは私がどんなやつか一切伝えてない。九重くんは、男子か女子かも知らないんだ。
 それでいて、昨日の私は髪を短く見せスボンを履いていたから、男子と思っても仕方ないかも。

 思わぬ勘違いにビックリ。
 思わぬ勘違いにビックリ。
 だけどその時、私の頭に、ある考えがひらめいた。

「あ、あの。これ……」

 そう言って、昨日九重くんが残してた、連絡先が書いてある紙を見せる。

「それ? 奥村、お前まさか……」

 驚く九重くん。
 いくら男の子だって思っていても、ここで私が本当のことを話したら、信じてくれるはず。
 だけど、私はそうはしなかった。かわりに、言った言葉がこれだ。

「き、昨日九重くんが会った人、私の知り合いなの!」
「えっ? し、知り合い?」

 ますます驚く九重くん。
 もちろんこれは、全部嘘。
 だけど、知り合いから頼まれて私が代わりに来たって言ったら、スピーカーは返してもらえるし、あの時踊っていたのが私だってバレずにすむはず。

 我ながらナイスアイデア。
 だからお願い。九重くん、どうかこの嘘、信じて。
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