人気の動画配信グループに男装してダンス教えてます

とんでもない失敗

「知り合いって、なんで本人は来ないんだ? 奥村は、そいつとどういう知り合いなんだ?」
「えっ?」

 どうしよう。とっさについた嘘だから、細かいことなんて何も考えてない。
 けど一度言い出したからには、今更嘘なんて言えない。
 何とかしてごまかさないと。

「そ、その子は私の親戚の男の子で、隣街に住んでるから、この学校の子じゃないの。だから、かわりにスピーカー返してもらえないかって頼まれたの」
「それって、俺がこの学校にいるって知らなきゃ、奥村に頼んだりしないよな。そいつ、俺のこと知ってるのか?」
「それは……ほ、ほら。スートの動画見て知ってたんだよ」

 こんなのバレない? おかしいところない?
 不安になりながらも、どんどん嘘に嘘を重ねていく。

「なるほど、わかった」
「よ、よかった。だから、その、スピーカー返してもらえないかな?」

 これで返してもらえたら、全部丸く収まる。
 だけど、そううまくはいかなかった。

「スピーカー、今は俺の家に置いてあるから、また今度でいいか?」
「うん。それは、かまわないけど」
「それと、もうひとつ。返すのは、本人と直接会ってじゃダメか?」
「えっ? な、なんで?」
「こういうのって、本人に渡した方がいいと思うから」

 そ、そうだよね。
 例えば、私がたまたまこの紙を拾って嘘をついてる、なんてことだって考えられるわけだし、ちゃんと本人か確認するのは大事。

 で、でも、本人と会わせるのなんて無理。
 だって、そんな子いないもん。

「けどその子、住んでるのは隣街だから……」
「それくらいなら、電車一本で来れるだろ。現に、昨日は来てたわけだし」
「忙しくて、なかなか時間がとれないかも」
「なら、俺がそいつのところに行ってもいい」

 ど、どうしよう。
 こんなことになるなら、嘘なんてつくんじゃなかった。
 今さら、実は私でしたなんて言っても、信じてもらえないよね。

 けど九重くん。いくらなんでも慎重すぎない?
 私、そんなに信用ならないのかな。嘘ついてるから、胸張って信用できるとは言えないけど。

「悪い。こんなこと言って、お前にもそいつにも迷惑だよな」
「べ、別に迷惑ってわけじゃ……」
「いや。あれこれ理由つけてるけどさ、本当は、俺が会ってみたいってだけなんだ。マスクダンサーに」

 えっ────?

 一瞬、時が止まったような気がした。

 ちょっと待って。ちょっと待って。ちょっと待ってっ!!!
 こ、九重くん。今、なんて言ったの?

「ま、ま、マスクダンサーって、九重くん、知ってるの?」

 嘘でしょ。だってマスクダンサーって、ほとんど誰も見ていない底辺配信者だよ。
 なのに、なんで知ってるの? しかも会いたいって、なんで!?

 わけがわからずパニックになるけど、それを見て、九重くんの目が鋭くなる。

「その反応。やっぱりアイツが、マスクダンサーなんだな。頼む。俺を、アイツに会わせてくれ」

 そう言って、なんと頭を下げてきた。
 い、今すぐ頭上げて! こんなことされたら、すっごく申し訳ない気持ちになるから!

「ダメか?」

 だ、ダメです。無理です。
 なんでかは知らないけど、九重くんが本気で会いたがっているのはわかる。
 けど、今さら私だなんて言えないよ!

 そんなこと知らない九重くんは、詰め寄るように私に近づいてくる。
 思わず後ずさるけど、後ろに壁があるせいで、追い詰められる形になる。
 ど、どうしよう。
 心底困り果てた、その時だった。

「ちょっと! あなた達、何してるの!?」

 急に聞こえてきた、私達とは全く別の声。
 振り向くと、そこには驚いた顔で麗ちゃんが立っていた。

「麗ちゃん!? どしてここに?」
「亜希の様子がおかしかったから、心配になって探してたんだけど……それよりも!」

 麗ちゃんはそこまで言ったところで、私を庇うように九重くんの前に立った。

「今、亜希に無理やり迫ってたように見えたんだけど、どういうこと?」

 ふぇぇっ!?
 麗ちゃん、なに言ってるの!?

 いつも私のことを大事にして、困った時は味方でいてくれる麗ちゃん。
 例え九重くんを相手にしても、それは変わらなかった。
 麗ちゃんだってスートのファンで、普段は九重くんにもキャーキャー言ってるのに。

 九重くんも、警戒心むき出しの麗ちゃんには慌てたみたい。

「待て待て。何を勘違いしてるのか知らねーけど、俺は、コイツの親戚に会わせてほしいって言ってただけだぞ!」
「親戚? どういうこと?」

 思わぬ言葉に、勢いが弱まる麗ちゃん。
 それを見た九重くんは、一気に話し出す。

「コイツの親戚に、ダンス動画の配信やってる、マスクダンサーって男がいるんだよ。で、俺はそいつに会いたいから、なんとかならないかって頼んでたんだ」

 ちょっと待って!
 麗ちゃんにその説明はまずい。麗ちゃんは、私がマスクダンサーだって知っている。
 思った通り、すっごく怪訝な顔をしていた。

「はぁ? 親戚? マスクダンサーって男? 九重くん、なに言ってるの? マスダンサーならここに──」
「うわぁぁぁぁっ!!!!」

 大声を出して、麗ちゃんの言葉を無理やり遮る。
 こんな形で私がマスクダンサーだとバレるなんて、絶対イヤ!

「う、麗ちゃん。色々誤解してると思うから、あっちで話そう」
「えっ。ちょっと亜希!?」

 グイグイと麗ちゃんを押して、ここから離れようとする。
 このままだと、あっという間に私の嘘がばらちゃいそう。
 だけど、九重くんがそれを止める。

「待て。俺の話がまだ終わってないぞ」

 ま、待てないもん。麗ちゃんと九重くん、このまま話をさせたら、とっても危険。
 一刻も早く立ち去らないと。
 焦った私は、つい言っちゃった。

「ま、マスクダンサーに会いたいんだよね。わかった。私からその子に、会ってほしいって頼んでみるから!」

 叫ぶよに言うと、九重くんも納得したみたい。
 それ以上、私達を引き止めようとはしなかった。

 そのまま麗ちゃんを連れて、さっさとその場を立ち去る。

「ねえ。いったいぜんたい、どういう状況なわけ?」
「色々あったの。本当に、すっごく色々」

 私だって頭の中がぐちゃぐちゃで、一度落ち着きたいよ。
 ただひとつ。自分がとんでもない失敗をしたことだけは、なんとなくわかった。
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