年下男子の手懐け方

〜第1話〜


地面を強く叩きつける雨は、容赦なく一帯の音をかき消していく。
いつもであれば夕暮れ時に賑わっているこの商店街でさえも、今は天候の影響なのか閉めている店が大半で、人通りも指で数え切れる程過疎化している。

普段聞き慣れている騒がしさとは一変し、聴こえてくるのは静寂を制した雨音だけだった。



今朝の天気予報では、確かに午後にかけて雨雲が接近すると言っていた。無論、私もそれを聞いていた。
けれど、あれこれ考えながら支度をしていたため、すっかりその事を忘れてしまっていたのだ。
気付いた時にはもう既に手遅れで、仕方なく近くの商店街内にあるスーパーで傘を買おうと行くものの閉まっている始末。

結局軒先で雨宿りをする羽目になり、途方に暮れていたところに偶然彼が現れた。
こんな日に、こんな場所で、今1番会いたくなかった彼とばったり会う確率なんて、誰が想像できただろうか。


目を合わせてしまったのが運の尽きだが、勿論会話は覚束無い。
何を言われても、「へぇ」「うん」「そっか」としか言葉を返せないうえに、目を合わすことすらできずにいた。
彼の方も暫くは話していたが、私のあからさまな動揺から勘づいたのか、1度顔を向けたあとにゆっくり口をとじた。

2人の沈黙は妙な緊張感を運び、何とも言い表せない空気に押しつぶされそうになりながら、時間だけが過ぎていく。














「……年下は、駄目なんですか」
微かに聞こえた、雨音よりも小さくか細い声。


「え?」

何と言ったのか分からず、私は咄嗟に聞き返した。
けれど、彼がもう一度同じ事を口にすることはなかった。




「もう、日が暮れますね」

「うん…そうだね」



「このまま待ってても止みそうにないんで、先帰ってください」
「俺のでも良かったら、これ使っていいんで」

彼は丁寧に巻かれた折りたたみ傘をひらくと、私の方へ傾けた。

「いやいや、受け取れないよ。傘、忘れたの私だし」

「風邪引いたら、他の人にも迷惑かかるでしょ」

「…それは、ごもっともです……。
けどだからといって、学生の貴方の傘を借りるなんて…」

「俺はいいから。受け取って」



少し強引ではあったものの、渡される時に触れた指先からは、彼の優しさが伝わってきた。


「じゃあ、俺帰るんで」
「あ、待って!この傘、明日返したいから、夕方またここで…」

「いや、それあげます。安いし、要らなかったら棄てて下さい」

「棄てるって…ちょ、ちょっと!?」




私に傘を渡すと、彼は早々と去ってしまった。
お礼もいえずに立ち尽くす私の頭の中では、棄てていいと言った時のあの表情がこびり付いて離れてくれなかった。

まるで、込み上げてくる何かを無理やりに押さえつけてまで微笑んでいた。
一つ言えるのは、あれを思い返すと痛いほど心が苦しく思えて、何ともいたたまれなくなってしまう。
どうして彼は、あんな表情を私にみせたのか。私はその理由をどうしても、知りたかった___
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