雨声~形のないラブレター

「あっ、今日もおる」
「ん?」
「7番テーブルの彼、このところ毎日来てるんですよ」
「もう1時間以上、あないな感じ」
「ずっと窓の外を眺めてるんですよね」
「誰かを待ってるんやない?」

3日前のバイト初日の日に、彼が演奏するピアノを聴いた。
じーっと窓の外を眺めているのと同じで、どこか儚げな切ないメロディだった。

クラシックは詳しくないから曲名までは分からない。
けれど、よく耳にするようなポピュラーな曲でなかったのは確かだ。

「紫陽花ちゃん、雨降っとった?」
「うーん、降ってるような、降ってへんような。霧雨より降ってへん感じです」
「降水確率は60%なんやけどなぁ」

健兄が客入りを気にして、タブレットパソコンで天気予報をチェックしている。

「すみませーん、オーダーお願いしまーす」
「はーい、ただいまお伺い致しまーす」
「私が行ってきます」
「ありがとう」

カウンター内の在庫数をチェックしている舞香さん。
店長の健兄は売上やシフト表などをチェックしていて、手が空いているのが自分しかいなかったから。



「紫陽花ちゃん、休憩行って来て。なんか食べるんやったら、清に頼んでな」

混雑する時間帯を前に、休憩に入るように声がかかる。
キッチンに頼めば、メニューにある軽食を食べていいことになっている。

「あの…」
「……ん?」
「オリジナル珈琲を淹れて貰えますか?」
「珈琲飲みたいの?あれ、そやけど…珈琲苦手やったよね?」
「……あ、はい」

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