雨声~形のないラブレター

カフェにバイトしているのに、珈琲が飲めないだなんて笑われてしまうけれど…。
珈琲の香りを嗅ぐのは好きなのに、苦くて飲めないのだ。

「ミルクと砂糖、たっぷり入れとこか?って、せやったらカフェオレ頼んだ方早いけど」

クスっと笑う健兄。
姉に会いに来た時は、いつもミルクティーを注文しているから。

「とにかく、1杯くださいっ!バイト代から差し引いて貰うて構わへんさかい!」
「はいはい、淹れればええんやろ?」

バリスタの資格を持つ健兄。
自家焙煎が売りのこのカフェのドリンクのオーダーは殆ど彼が淹れている。

温められたカップにハンドドリップで丁寧に珈琲が淹れられる。
この珈琲を愛でている姿に、姉の実椿は惚れたらしい。

確かに、珈琲に愛を注いでる感じがカッコいいかも。

「はい、お待たせ」
「では、15分の休憩に入ります!」

健兄からカップを受取り、紫陽花は事務所ではなく、客席へと向かった。

「失礼致します。こちらお下げしても宜しいでしょうか?」

紫陽花が向かったのは、例のあの青年のテーブルだった。

窓の外をじっと眺めていた彼の視線が、紫陽花へと向けられた。

「宜しければ、こちらを…」

完全に冷めきっている珈琲のカップを下げ、手にしている淹れたての珈琲を彼の目の前に置く。

トレイに下げた珈琲を乗せたまま、一旦テーブルの上に置き、紫陽花は両手を仰向けにして胸の高さから横にスライドさせるようにして、その両手を再び胸の位置から、今度はお腹の辺りへとゆっくりとスライドさせた。

『どうぞ、ごゆっくり』
手話で、青年に語りかけたのだ。

けれど、一瞬紫陽花の手話を見ただけで、再び窓の外へと視線を移してしまった。
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