雨声~形のないラブレター
ダメかぁ。
とぼとぼとカウンターの中に戻った紫陽花に、ニヤニヤとした眼差しを向ける二人。
「バイト先でナンパ。実椿に話したら食いつきそう」
「な、ナンパやなんてっ」
「紫陽花ちゃんって、意外と積極的なんやな」
「べ、別に……」
幾ら言い訳をしたところで、二人にはナンパしてるように見えたのだろう。
紫陽花は、今にも消えてしまいそうな彼の心に寄り添いたかっただけ。
昔の姉を見ているみたいで、放っておけなくて。
『ありがとう』と言って欲しかったわけじゃない。
ただ突然の申し出に、一瞬でもいいから切ない表情が崩れてくれたらいいなぁと思っただけ。
泣きたいのに泣けない姉が、必死に歯を食いしばって耐えている時。
わざとおちゃらけたことをして、気を逸らせるのが精一杯だったから。
さすがに客と店員という関係性で、馬鹿みたいなこともできないから。
せめて少しだけでも気が晴れたらいいなぁと試みたのだ。
失敗に終わったけれど。
溜息を零しながら事務所へと向かう。
和子さんに『お客様には干渉しない』と釘を刺されたっけ。
けれど毎日同じ席に座り、数時間同じ体勢で、ずっと同じ方向を見続けてるだなんて。
映画やテレビドラマじゃないんだから、物思いに耽るのだって限界ってもんがあるじゃない。
ぴくりとも動かずに座り続けてるだなんて、よほど思い詰めてるのだろうと思ってしまう。
私のしたことなんて、余計なお世話、ありがた迷惑だろうけど。
「ピアノは弾けとったから、中途失聴なのかもやで。やとすると、手話は分からへんかも」
「……あぁ、そっか」