雨声~形のないラブレター
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「今日はバイトあらへん日やったよね?どこか寄ってく?」
「あっ、ごめん!ちょい用があって」
「えぇ~っ」
「ほんまにごめんっ」

帰り支度をしながら、親友の塚田(つかだ) 里穂(りほ)に両手を合わせる。
バイトをする前は毎日一緒に登下校していたから、ちょっと寂しくもあるけれど。
あの青年が今日もカフェに来ているのか、気になって仕方ないのだ。

昨日要らぬことをしてしまったから。
心の奥がざわついて、昨夜はよく眠れなかった。

カフェにいたら、謝りたくて。
健兄にも迷惑かけるし、姉にも迷惑をかけてしまうと思って。

健兄は昨日の出来事を姉の実椿に話したらしく、今朝実椿からメールが届いていた。

『人の善意を受取れる心の余裕がある人なら、きっと大丈夫』

姉が何を言いたいのか、よく分かる。

心が塞いで余裕がない時は、何をされても気に障るものだから。
自分だって落ち込んでいる時に慰められても、心に余裕がなかったら、迷惑にしか思えない。

時間が経って、その行為自体が思いやりでされたものだと分かった時、きちんとお礼や謝罪をすればいい。
そう姉が教えてくれた。

謝罪をしたところで、迷惑行為にしかならないかもしれない。
そもそも、お店に来てないかもしれないし。

悶々と答えのない感情が蠢き、紫陽花の足はバイト先のカフェへと向かっていた。



バイト先のカフェがある駅で下車する。
すっかり見慣れたホームを駆け上がり、改札へと向かう。

すると、ゆったりとしピアノの音が聴こえて来た。
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