雨声~形のないラブレター

6月末のとある日の17時頃。

「すみません、和子さんっ!ここの補充お願いしまーす」
「はーい」

カフェの改札口側に、テイクアウト用のカウンターレジがある。

昨日今日と朝からカラッと晴れた夏日のため、テイクアウトのアイスドリンクがよく売れる。
客足が一旦落ち着いたところで、健一郎は和子にドリンク容器の補充を指示した。

「紫陽花ちゃん、今のうちに休憩入っといて」
「あ、はい」
「今日は珈琲要らへんの?」
「……要りません!」
「あっ、そうなんや~」

クスっと笑う健兄。
今日は7番テーブルの青年が来ていないから、わざと聞いて来たんだ。

バイトが休みだったあの日に、ストリートピアノを弾く彼と視線が合ってから、彼に会っていない。
避けられているというより、完全に嫌われたと思う。

お節介に珈琲を出したり。
じろじろ見るみたいに演奏を聴いたりして。

ストリートピアノなのだから、誰が聴いてもいいはず。
だけど、その前日でのやり取りがあったから、完全に嫌な気分にさせたに違いない。

「はぁ…」
「紫陽花ちゃん、何か食べる?」
「……抹茶黒豆のかき氷下さい」
「抹茶黒豆ね」

夏季限定でかき氷がメニューに登場する。

この地で栽培される黒豆は大粒で皮が厚く艶やかで、甘露煮にすると絶品だ。
黒豆と言ったらこの地の黒豆をさすほど有名で、黒豆目当てに全国各地から多くの人が訪れる。

けれど、100gで500円以上もするから、地元民だからと言って普段から口にしているわけじゃない。
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