雨声~形のないラブレター


「あっ……おる」

週5日バイトに入っている紫陽花。
改札口からバイト先のカフェへと向かっていると、3日振りに例の美男子が7番テーブルに座っているのが窓越しに分かった。

しかも、彼をずっと眺めながら歩いているから、視線がバチっと交わった。

今日は逸らさないんだ。
この間は一瞬で逸らされて、足早に逃げて行ったのに。

窓越しに向けられる眼差しは、いつも窓の外に向けているものと同じに少し冷めた感じのもの。
強いて言うなら、『早く視界から消えてくれ』という感情が僅かに含んでいるようにも見える。


「おはようございまーす」
「おはよう。例の彼、来てんで」
「うん、見た」

タイムカードを押すために事務所内に入ると、健兄がパソコンで事務作業をしていた。

事務所の一角に更衣室代わりに着替えるブースが設けられている。
カーテンを閉めて、着替えながら会話する。

「珈琲代は、うちのバイト代から差し引いてな?」
「さすがに“店の奢り”とはよう言わんわぁ」
「そこは健兄上手いこと交わしてや」
「無理言いなや」
「ほな、開店1万人目のお客様~やら理由つけて、エクレアでも出すやら?」
「どんだけ好きなんやわぁ」
「べっ、……別に好きやらとちがうもんっ」

『好き』がどういうものか、分からない。
誰かに執着したことがないから、この感情が『好き』というものなのか、不確かだ。

だけど、ついつい気になって見てしまうし。
今日みたいに見れただけで嬉しいと感じるのは、彼のことが好き……なのかな。
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