雨声~形のないラブレター


「降って来たみたいね」
「おっ、こらあ結構土砂降りやな」

和子さんがコンコースに走り込んで来た人を見て、健兄に話しかけている。

健兄はすぐさま事務所に足拭きマットを取りにゆく。
雨の日対策の1つだ。

和子さんはテイクアウト用のホット専用容器を補充し始め、事務所から出て来た健兄がキッチンにいる清さんに指示を出した。

「紫陽花ちゃん。悪いんやけど、レジの釣銭確認してくれるかいな」
「あ、はいっ」

レジの扱い方を教わった紫陽花は、釣銭切れがないようにチェックする。
今の時代、電子マネーでの決済が主流になりつつあるが、この地は年配層の観光客も多いため、未だに現金決済が欠かせない。

紫陽花が10円の棒金(50枚をセロファンで1本の棒状にしたもの)をばらしていると、スッと手元近くに気配を感じた。

「お会計ですね。……オリジナル珈琲360円になりまっ…」

差し出された伝票から視線を持ち上げた先にいたのは、例の美男子だった。
しかも、スマホ決済のようで、決済端末のそばにスマホを翳している。

「あのっ……」

『お代は要りません』そう言おうとしたら、不快感を露わにするようにスマホで視界をシャットアウトされてしまった。

「……電子マネーでの決済ですね」

先日のこともあって謝りたいのに…。

スマホの画面をカツカツと爪で叩かれてしまった。
『早くしろ』そう言いたいのだろう。

レジパネルの決済メニューから『電子マネー』のボタンを押す。
すると、彼は素早くスマホを翳した。

「……ありがとうございました」

颯爽と店を出ていく彼。

謝るどころか、話しかけることすらできなかった。
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