雨声~形のないラブレター
「いらっしゃいませ」
「ホット珈琲2つ」
「自家焙煎のオリジナル珈琲で宜しいでしょうか?」
「それでお願いします」
彼と入れ替わるようにトレッキングウェア姿の男女が空いてる席へと向かう。
リュックサックからフェイスタオルを取り出し、濡れている服を拭き始めた。
「オーダー入ります。2番テーブル、オリジナル2」
「オリジナル2、了解」
「いらっしゃいませ~、空いてるお席へどうぞ~」
次々と来店を知らせるメロディが鳴る。
一気に慌ただしくなって来た。
「紫陽花ちゃん、手ぇ空いたら入口の床、拭いて貰えるかいな」
「あっ、はい!」
足拭きマットが置かれていても、服から滴る水気は取りきらないからだ。
接客の合間にモップを掛ける。
お客様が転倒しないように。
ガヤガヤとした店内に微かに流れてくるメロディ。
「あ…」
慌ただしさに追われて、気づかなかった。
そのメロディこそ、あの美男子が奏でるピアノの音色だ。
接客の合間にガラス越しにストリートピアノが置かれている場所へと視線を向けると、予想通り、彼がいた。
店内からはちょっと距離があり過ぎて表情までは窺えない。
けれど、いつ聴いてもよどみのない音色で。
甘く切なく、紫陽花の心に響いて来る。
「紫陽花ちゃん、1番テーブルに」
「はーい」
彼に見惚れている場合じゃなかった。
今は仕事に集中しないと。
「すみませーん」
「はーい、ただいま伺いまーす」