雨声~形のないラブレター
雨が降りそうで降らない、どんよりとした空。
高校から二駅しか離れていない駅で下車した紫陽花は、ホームから改札へと向かうために階段を上がろうとした、その時。
別の車両から降りて来た男性に視線が奪われた。
「あ…」
階段の手前で立ち止まる紫陽花をチラ見して、軽快に上がってゆく男性。
彼だ。
いつもならもうお店にいる時間なのに、今日は同じ電車に乗っていただなんて。
「あのっ」
無意識に追いかけ、彼の腕を掴んでいた。
「あの……」
彼を制止したのだから当然なのだけど、横を通り過ぎる人の視線が突き刺さる。
いや、それだけじゃない。
上段にいる彼から、物凄い冷たい視線が突き刺さっている。
「好きですっ!!」
咄嗟に口から出て来た自分の声にびっくりした。
何を口走ってるんだろう、私は。
「えっと……あの……」
通り過ぎていく他校の女子が『告白?』と言わんばかりの顔をしていた。
「す、好きなんですっ!!」
「う゛ざっ」
「ッ?!」
初めて聞いた、彼の声。
ちょっと低くて、しゃがれている。
イメージしていた感じと違って、少し驚いてしまった。
「……あなたが弾く、ピアノの音色が好きなんです」
「だから?」
「へ?」
「ケーキやアイドルが好きなのと一緒でしょ」
「……」
「他に言いたいことがないなら、この手離してくれる?」
言いたいことは山のようにあるけれど、何一つ口から出て来なかった。
あまりに彼が突き放すみたいに話すから。
「何回か、聞いたくらいで」
手を離すと同時に呟かれた言葉。
彼の言う通りかもしれない。
先入観に囚われて、好きをはき違えてたのかも。