雨声~形のないラブレター

祖父の家に滞在して数日。
『ちょっと気分転換しに行かないか?』と誘われ、とある駅に連れて行かれた。

その駅のコンコースにあったのは、誰でも自由に弾ける『ストリートピアノ』。

祖父の家にはピアノはない。
だから、ここ数日は完全に音楽から離れていたのに。

「一曲、聞かせてくれないか?」

ピアノコンクールで弾いてる姿を見せたことはあったが、こんなに近くで弾いてあげたことはない。

ピアノを弾くだけなら。
別に声を出して歌わなくてもいいわけだし。
一曲くらいなら……。

平日の昼間だからなのか。
観光客はまばらにいるものの、同じ年くらいの子は一人もいない。
だからかな。
祖父の言葉をすんなりと受け入れてしまえたのは…。

フレデリック・ショパンの『ノクターン第2番 変ホ長調 Op.9-2』。
俺が好きな曲だ。

穏やかな夜。
儚げで身を委ねたくなるような情感。

ガヤガヤとした駅構内の雑踏とは相反するような曲。

今の俺の心を映し出したみたいな。
ここだけ切り取られた世界を表現するにはいいと思った。


弾き終えると、どこからともなく拍手が向けられた。
祖父の他にも聴いて下さった方がいたようだ。

大きな登山用のリュックを背負った外国人の男女。
ご夫婦だろうか?

俺は少し照れと満たされる感情を感じながら、椅子から立ち上がった。

「聞いたことがある曲だな。誰の曲?」
「ショパン」
「ピアノのコンクールで有名な?」
「コンクールは他にもあるよ」

ピアノに詳しくない祖父でも、さすがにショパンは知ってたらしい。

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