雨声~形のないラブレター

それからというもの。
毎日のようにストピ(ストリートピアノの略)が置かれているあの駅に通った。


毎日弾いていたピアノが恋しくないわけない。
もう音楽から離れようと、何度も考えたけれど。
体にしみついた感性を削ぎ落すのは難しくて。

音響装置付信号機の音。
スーパーマーケットで流れるテーマソング。
見ず知らずの人のスマホの着信音。

耳にする全ての音が、脳内に音符で流れ込んで来る。

耳栓を買ってつけてみたけれど。
気になれば気になるほど、耳は研ぎ澄まされてゆく。



コンコースにあるカフェ。
そのカフェの窓際の席から、ストピを眺めるのが日課になった。

観光地と言えど、山奥だからなのか。
ストピを弾く人は皆無に等しい。

稀に弾く人が現れたと思ったら、本物かどうかを確かめただけで、去ってゆく。

手入れが行き届いていて、いい音を奏でるピアノなのに。


当たり前だが、晴れている日は観光客が多い。
キャリーケースを転がす人が結構いて、ストピがあることに気付く人も多い。
……弾く人は殆どいないけれど。

逆に雨の日は、ピアノの存在すら気付かないほど、コンコース内を突っ切る人が殆ど。
それに目をつけた俺は梅雨入りしたのを機に、『雨の日限定』で演奏することにした。

弾きたいけれど、誰かに聞いて貰いたいわけではない。
行き場のない燻った感情を、ピアノの音色で浄化したくて。

苦しい時も楽しい時も音楽と共に歩んで来た。
だから、今という辛い時も。
音楽と共に過ごせたら……。



そんな俺の前に、音のない音色を奏でる女の子が現れた。
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