雨声~形のないラブレター

その子が動作した手の動きは、よくテレビで観る『手話』だった。

咽頭がんだと宣告されて、声を失った場合のことを調べてみたら、手話で会話する人が多いことを知った。
母親も調べていたようで、ある日手話の本が机の上に置かれていた。

受け容れたくない現実と、前に進むために乗り越えるべき壁。
それを天秤にかけた時に、手話を学びつつ、抗がん剤治療も受け入れるという答えだった。

その本に描かれていた『ごゆっくりどうぞ』という手話。

ゆったりとした動作の中に、優しさという音のない音色が奏でられていた。


両親が心配してくれているのは分かる。
一人息子がある日突然、ガン宣告されたのだから。

けれど、向けられた眼差しの中に、哀れみのような感情が滲んでいるんだ。
腫れ物に触るような、そんな眼差し。

祖父もそうだ。
母親から俺の病気のことを聞いて、気遣ってくれる。

だけどそれが、俺をより惨めにさせる。



手話をした女の子は、俺が通っているカフェのバイトの子らしくて。
ほぼ毎日のように制服姿で現れる。

学校が終わった足でバイトに来ているのだろう。

俺だって休学しなければ、高校3年生だった。
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