雨声~形のないラブレター

7月に入って数日。

すっかり彼女と打ち解けている自分に驚く。
とはいっても、俺からは殆ど会話しない。
したとしても、相槌を打つ程度。

彼女がシャワーのように俺に話しかけてくる。
それが意外にも心地よくて。

「珈琲飲まないんですか?」
「……」
「義兄が淹れた珈琲、美味しいですよ?……うちは苦おして飲めしまへんけど」
「……フッ」
「うちのカフェ、エクレアが美味しくて評判なんどす」
「……」
「甘いの、あまり好きやないどすか?」
「……」

客が途切れる度に俺がいるテーブルへとやって来る。
姉の旦那と思われる男性とパートさんらしき中年の女性の視線を感じながらも、怒られている感じはない。

強いて言うなら、温かく見守っているといった感じか?
それも、時々方言が漏れるのが可愛らしい。

俺の何がいいのかは分からないが。
彼女は俺にとったら癒し系だろうな。

窓の外に置かれていたストピにしか興味のなかった俺が、時折彼女の仕事ぶりを目で追うようになっていた。

「珈琲飲まへんなら、せめてオリジナル珈琲やなくて、レギュラー珈琲にしまへんか?60円も安いので」
「……フフッ」

たかが60円。
されど60円なのだろうな。

お店にとったら単価の高いものの方がいいに決まってるのに、あえて一番安いレギュラー珈琲を勧めてくるあたり、人の良さが滲み出ている。

こういう子が傍にいてくれたら、毎日が楽しくて、辛い治療も頑張れるんだろうな。
そんな風に考えるようになっていた。

「紫陽花ちゃん、マット出して~」
「はーい!」

他のスタッフから声がかかり、返事した彼女が俺のもとに駆けて来た。

「雨脚が強くなって来ました!今が弾き時どすえ♪」

にっこりと微笑む彼女は、慌ただしく店内奥へと向かって行った。
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