雨声~形のないラブレター
ホームからカフェまでのたった数分のデート。
田舎街の何の変哲もない駅が、彼女と歩くだけで、忘れていた楽しさを思い出させてくれる。
「暖さん、知ってます?ここの黒豆、えらい有名なんですよ?」
「……知ってる。毎年祖父が送って来るから」
「ほな、枝豆も?」
「枝豆?」
「さすがに枝豆はないですよね?」
「枝豆も黒いの?」
「いえ、普通の枝豆と同じで緑色です。あっ、ギリギリの収穫の頃だと赤い豆だ。茹でると黒っぽなるんどす」
「へぇ~」
「黒豆自体が希少品種みたいなもので、生産数も少ないから高価なんどすけど、枝豆はその前の未発達な状態で収穫してまうさかい、幻の枝豆と言われとるんどすえ」
「食べてみたいな」
「ほな、3カ月後にうちに食べに来ます?祖母の家が黒豆農家なんどすえ」
「……3カ月後か」
あっという間の散歩デート。
まだ話足りなさを感じるけれど、時間切れらしい。
カフェの入口に到着してしまった。
「ほな、私はここで」
「……ん。バイト頑張って」
「はいっ」
ぺこりと会釈した彼女は、『おはようございまーす』と元気よく挨拶しながらカフェの奥へと行ってしまった。
もう先送りにできない。
ずっと隠し通せるものでもないし、七夕という今日は、彼女に伝えるいい機会だろう。
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「すみませんっ!待たせてしもうて」
「バイト終わりで疲れてるところ、ごめんね」
「いえ、全然大丈夫どす!!」
俺のテーブルに珈琲を置きに来たバイト中の彼女に、『終わるまで待ってるから、ちょっと時間くれる?』と声をかけておいたのだ。