雨声~形のないラブレター

「シンガーソングライターとしてのメジャーデビューも決まってたんだけど、たぶんそれも白紙になると思う」
「何でどすか?!ちゃんと治療したら……」

彼のピアノの腕前は知ってる。
学校で一番上手だと言われる子が、全校集会の時に校歌を演奏するそれよりも遥かに上手に聞こえるくらいだから。

「本当の俺の声はこんな掠れた声じゃない」
「……へ?」
「この声は、病気で声枯れしてしまったんだ」
「……」
「喉の病気なんだけど…」
「……はい」
「喉の奥に……悪性の腫瘍があるんだ」
「ッ?!!」
「今はまだ初期の段階だから声帯は温存できるらしいけど、再発することもあるし、転移することもある」
「……」
「この先、この掠れた声でさえ失うかもしれない」
「っっ…」
「だけど、死にたくはないから。……治療はしないとね」
「……はい」

彼の言葉に涙が溢れて来る。
私が泣いたってどうにもならないけれど。
励ます言葉も寄り添う言葉も出て来ない。

たった2週間。
けれど、その2週間の中で感じた儚さや切なさは、きっとその病のせいだ。

「紫陽花ちゃんちの黒枝豆、食べたかったなぁ」
「っ…」

枝豆が収穫されるのは10月上旬頃から。
早くてもあと3カ月も先だ。

「送ります!!取れたての枝豆を…」
「フフッ」
「たぶん翌日には届くと思うから、鮮度はそないに落ちてへん思うし!何やったら、茹でた枝豆を冷凍して送る!!せやったらぎょうさん送れるし、食べたい時に食べたい分だけ解凍したらええし」

枝豆がどうのこうのじゃない。
3カ月後も、彼が元気でいて欲しいと伝えたいだけ。

「じゃあ、俺は何を返そうかなぁ」
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