雨声~形のないラブレター
「だいぶ遅くなっちゃったけど、大丈夫?家の人に謝ろうか?」
「だ、大丈夫!!健兄上手いこと話してくれてるはずやさかい」
「健兄?」
「あっ……、あのカフェの店長どす。姉の旦那さん。健一郎っていう名前なんです」
「あぁ~なるほど」
嘘を吐いてみるものなんだなぁ。
本当に家の前まで彼が送ってくれた。
22時を回ろうとしていて、田舎街だから外灯も少なくて結構暗いんだけど。
雨降りの中、傘を差しながらゆっくりと歩いて、送って貰った。
時折、傘の先がぶつかって。
その度に『ごめん』ってお互いに謝りながら。
「明日も雨ならカフェに来てくれます?」
「曇りでも行くよ。いつ雨が降るか分からないしね」
送って貰いながら、何故『雨の日限定』でピアノを弾くのか尋ねてみた。
雨の日だと、空気が湿気を含んでピアノの音に影響するらしい。
晴れた日の乾いた音よりも、湿度を含んだ今時期がベストらしくて。
駅構内のちょっと肌寒いと感じる温度が最適らしい。
「じゃあ、また」
「……おやすみなさい」
「おやすみ」
踵を返し、来た道を戻っていく彼。
見た目では大病を患っているだなんて、到底見えない。
「暖さんっ」
薄暗い中、ゆっくりと振り返った彼。
「好きですっ!!……暖さんも!」
「……『も』って」
クスクスっと笑っているのが分かる。
日本語って難しい。
「俺は紫陽花ちゃんが好きだよ」
「……っっ」
再び歩き出した彼。
“またね”と手を振ってくれた。
七夕の夜。
晴れた夜に見える天の川よりも、彼の背中をずっと見ていたかった。