雨声~形のないラブレター


七夕の夜に秘密を打ち明けられて。
本当の彼の心の声を聴くことができた。

それから東京の自宅へと戻る日まで。
彼は毎日のようにカフェに通ってくれた。


微かに聞こえる程度の音色だけど。
どの曲も私の知らないものだった。

彼ほどの腕前なら、ショパンだろうがベートーヴェンだろうが有名な曲は弾けるだろうに。
あえて、何故知られていない曲を弾くのか不思議だった。

それを彼に尋ねたら……。

『俺が作曲した曲だから、知らなくて当然だよ』

メジャーデビューを目前に控えていた彼。
曲を作ることが好きだと言った。

そんな彼がカフェの中にいる私へと向けた音色。

甘く切なく。
雨音に乗せて送る、形のないラブレターだった。

**

『枝豆、届いたよ~』

十月上旬のとある日。
学校からバイト先へと向かっている途中で、彼からのメッセージを受信した。

『小分けにして冷凍してあるので、食べたい時にお水で解凍して下さいね』

彼の電話番号は知っている。
けれど、電話はしない。

喉の奥にある病巣を退治するために必死に努力している彼。
喉の負担になるような『発声』を極力抑えたいから。

スマホで出来る無料のコミュニケーションアプリを通じて、彼とメッセージのやり取りをしている。

『体調はどうですか?』
『ぼちぼちかな』
『無理しないで、横になって下さいね』

抗がん剤治療は、思ってた以上に辛いらしい。
弱音を吐くような人じゃないけれど、表情が見えないから要らぬ心配をしてしまう。

本当は治療を止めたいと思うほど、辛いのではないだろうか?と。
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