雨声~形のないラブレター
カフェの窓際の席に、ぽつんと一人佇む青年。
小説のような書籍を開いた状態で、ずっと同じ方向を見続けている。
自家焙煎のオリジナル珈琲をオーダーしたのに、一口も飲まず。
小説を1ページも捲ることなく、ただただ窓の外を眺めている。
誰かを待っているのだろうか。
視線が向けられている先は、改札口がある方向だから。
自分と同じ年くらいのその青年の横顔は、どこか儚げで。
今にもこの世から消えてしまいそうなほど弱々しく見える。
その表情を紫陽花は知っている。
幼い頃に毎日のように姉の実椿がしていたのと同じだ。
耳が不自由な姉は、近所の子供に揶揄われたり苛められたりしていた。
歳が7歳も離れているから、姉を守ることができなくて、凄く辛く悔しい思いをした。
音声言語を獲得する以前に耳が不自由な子は、自ら発声する能力を獲得するのが困難でもある。
だから姉の実椿は、痛くても『痛い』と言えず。
苦しくても『助けて』と言うことすら出来ない。
そして、劣等感から声を上げて泣くことすらできなくなってしまったのだ。
孤立感と拒絶感を日々植え付けられ、生きる意欲を奪われてしまう。
そんな感情が滲み出ているように見えた。