雨声~形のないラブレター

18時を過ぎた頃。

「紫陽花ちゃん、入口にマット出して~」
「あ、はーい!」

夕立だろうか?
濡れた体や服をハンカチで拭う人が何人か、コンコース内にいる。

雨が降ると思い出す。
彼との想い出も、彼が弾いてくれた音色も。

あっという間に1年が経ったんだなぁ。


来店を知らせるメロディが鳴った。

「いらっしゃいませ~、空いてるお席へどうぞ~」

お店のルールで、接客は標準語と決まっている。
気を抜くと方言が出かかるけれど、観光地のここは、方言が通じない人が多く利用する。

「紫陽花ちゃん、お先に」
「お疲れ様でした~」

18時まで勤務の和子さんが、忙しく改札口へと駆けてゆく。
スーパーのタイムサービスの商品が買いたいらしい。



盆地だから蒸し暑いけれど、他の所に比べたら比較的涼しく避暑地としても人気がある。
しかも江戸時代の城下町が残る、美しい景観でも有名な所。

梅雨が明け、一気に観光客が増えた。

「3番、抹茶黒豆~」
「はーい」

大人気の抹茶黒豆かき氷。
夏の定番メニューの1つだ。

「5番、バニエク(ツー)
「はーい」

キッチンから次々と料理提供を促す声がかかる。

このカフェ看板メニューのエクレアに、夏限定でカスタードクリームの代わりにバニラアイスが挟んである商品。
テイクアウトできないから、密かに激レアスイーツとしても人気があって、度々雑誌で取り上げられている。

バニラエクレア2つをトレイに乗せ、5番テーブルへと向かっていた、その時。
どこからともなくピアノの音色が聴こえて来た。

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