雨声~形のないラブレター
18時を過ぎた頃。
「紫陽花ちゃん、入口にマット出して~」
「あ、はーい!」
夕立だろうか?
濡れた体や服をハンカチで拭う人が何人か、コンコース内にいる。
雨が降ると思い出す。
彼との想い出も、彼が弾いてくれた音色も。
あっという間に1年が経ったんだなぁ。
来店を知らせるメロディが鳴った。
「いらっしゃいませ~、空いてるお席へどうぞ~」
お店のルールで、接客は標準語と決まっている。
気を抜くと方言が出かかるけれど、観光地のここは、方言が通じない人が多く利用する。
「紫陽花ちゃん、お先に」
「お疲れ様でした~」
18時まで勤務の和子さんが、忙しく改札口へと駆けてゆく。
スーパーのタイムサービスの商品が買いたいらしい。
*
盆地だから蒸し暑いけれど、他の所に比べたら比較的涼しく避暑地としても人気がある。
しかも江戸時代の城下町が残る、美しい景観でも有名な所。
梅雨が明け、一気に観光客が増えた。
「3番、抹茶黒豆~」
「はーい」
大人気の抹茶黒豆かき氷。
夏の定番メニューの1つだ。
「5番、バニエク2」
「はーい」
キッチンから次々と料理提供を促す声がかかる。
このカフェ看板メニューのエクレアに、夏限定でカスタードクリームの代わりにバニラアイスが挟んである商品。
テイクアウトできないから、密かに激レアスイーツとしても人気があって、度々雑誌で取り上げられている。
バニラエクレア2つをトレイに乗せ、5番テーブルへと向かっていた、その時。
どこからともなくピアノの音色が聴こえて来た。