甘々とロマンス中毒
「あやみと会うの久しぶりだよな」

「お前、風邪引いた彼女の看病で休んでただろ。もう治ったの?」

「ああ、おかげさまで。オレも風邪拗らせたけどね」

氷の溶けかかったアイスコーヒーを片手に、ゆるりと口角を上げる。

垂れた前髪の隙間を縫い、信玄を覗いた。

「……惚気ご馳走様」

と。褒めて返す。すると、焦茶色の猫目が穏やかな弧を描いて、満足げに笑った。


「あやみは、いないの?好きな人とか気になる人」

「いーよ、俺の話は」

伏せた睫毛を上げる。キーボードを叩く指先が、じわりと熱を帯びた。

「そうやって予防線張るの好きだよね。今日のあやみ、やけに機嫌良いんだけど、気づいてた?ここ、座る前から鼻歌うたってたの。周りの女子たちが“かわいい”って騒いでる」

「…………」

「なにか良いことあったの?」

今朝、一咲に送ったスタンプを思い出した。一咲以外には使う用途のない、ハチワレ。

「…ふ。似合わね」

「まぁ、話したくなったらいつでも言ってよ。あやみの恋の話、聞きたいから」

「そんな柄じゃねえよ」

「だよね。うん、わかった〜」

「(わかってないな)」

信玄は軽やかな口調で音程の外れた歌を口遊む。会話が他へそれた。

「伊吹、遅れるらしい。“取り込み中”だってきた……けど。あ、“今来た”」

「オレの話したって碌なもん出ないよ」

背中にかけられた艶っぽい声に引き寄せられ、振り向いた。すっと瞳を細める伊吹が真後ろに立っている。

口元に残る淡い笑みはどこか胡散臭くて、伊吹は「お疲れさま」と何食わぬ顔で俺の横に座った。
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