甘々とロマンス中毒
隣に立つその人は私を一瞥する。気後れして頭を下げた。

唇に浮かべた笑みには余裕が含まれていて、肩上まで下ろした黒髪が印象的だ。


「二人、初対面じゃなかったよな」

「———…あやみの家で。ね、一咲さん」

「(私の名前知ってるんだ!)」

人見知り一咲が発動。

「ハイ。こんにちは…望月一咲です。よろしくお願いします。おなまえ、(なんて言うんだろう。なにさん…?)」

消えかかった言葉をあやちゃんが上書きした。

「伊吹。俺が一咲のこと話した」

『なるほどっ!』


頭の中に並んだ疑問は解決された。細やかな声で溢した独り言は掬われる。ふ、と笑いかけるあやちゃんに、私の心は読み取られ、掴まれる。

一方で気恥ずかしさの熱に魘され、視線をそらしたの。

九条伊吹(くじょういぶき)です。よろしくね」

挨拶も手短に。伊吹さんは「電話きたから外す」と、私たちから離れた。

「一咲、今日バイト?」

「ううん。美羽ちゃんと女子会してたの」

「楽しかった?」

うん、と頷いた。あやちゃんのコト、話してたのは秘密。ばくばく、煩かった心臓が平静を取り戻す。

前髪を整えたり、薄づきのリップを塗り直す暇もなくて。

ハーフアップに結んだリボンの紐、緩んでないかなぁ。家を出る前、ママが直してくれたから大丈夫とは思うんだけど、ちょっとだけ心配。

プラス、緊張と不安。でも、あやちゃんに会えた事実の方が嬉しい。破顔しそうである。

唇を噛んで我慢した。…けど。

わぁ。ダメだ。

今日も素敵な王子さまに、ふにゃと溶けてしまった。
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