きっと消えない秋のせい


「……あれ?」

鳴り続けている目覚まし時計を止めて、上半身を起こす。
あたしは部屋の中をゆっくりと見渡した。
どう見てもあたしの部屋だ。

夢だったみたい。
懐かしい夢。

幸せな夢の余韻が、今も甘苦しく胸を締めつけている。

あの男の子の名前は……。

思い出すのは寂しげな顔。
その表情に懐かしい気持ちがこみ上げてきた。
けど、記憶は霧のようにぼやけていて、それ以上は思い出せない。
でも、ひとつだけ確信があった。
あたしにとって大切な人なんだ、と。

あの男の子は今、どうしているのかな?
また、会いたいな。

夢の続きを見ているような。
そんな不思議な感覚に、あたしの胸が複雑に高鳴った。
うーん。寝ぼけた頭のまま、身じたくを整える。
階段を上がってくる足音が聞こえた。
もう朝食ができている時間。
きっと、お母さんだと直感する。

「杏、朝よ。起きている?」
「うん。起きているよ」

部屋をノックするお母さんに、あたしはそう返事した。

「お母さん、お待たせ!」

あたしは慌てて髪を整えると、お母さんと一緒に一階のリビングに向かう。
階段を降りた先には、朝食の香りが漂っている。

「おはよう、お父さん」
「おはよう、杏。朝食は一日のパワーの源だぞ!」
「うん、分かっている」

中に入ると、元気はつらつなお父さんが既に座っていた。
あたしとお母さんも席に座って、三人で食卓を囲む。
テーブルの上にはサラダとグラタン、そしておなじみの目玉焼きを乗せたトーストが並べられている。

「いただきます。うん、美味しいー」

とろけるような味わい。
目玉焼きを乗せたトーストは、片岡家の朝食の定番のメニュー。
あたしの大好物なんだー。

「母さんの料理は世界一だな」
「ふふっ、あなた、ありがとう」

あたしのお父さんとお母さんは、今日もラブラブ。
そして、どこか抜けているおしどり夫婦だ。

「ねえ、お母さん」
「どうしたの、杏」

身を乗り出したあたしに、お母さんが不思議そうにした。

「幼稚園の時、あたしと一緒に遊んでいた男の子って覚えている?」
「考人くんでしょ」
「もう一人いたよね」

唐突な言葉に、お母さんはきょとんと首を傾げる。

「うーん。覚えていないわね。いつも杏の周りにはたくさんのお友達がいたから」
「……そっか」

あたしはがくりと肩を落とす。
不意にあの男の子の顔が浮かんできて、盛大にため息をついてしまった。

『一緒にお絵かきしよ?』

無邪気にそう言って、お絵かき帳を差し出した時のことを思い出す。

そうだ……!
あの、お絵かき帳なら!
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