きっと消えない秋のせい
「……どこにも行かない。僕も杏のそばにいたいから」

涙が出るほどに穏やかな声が。
温かいぬくもりが。
確かに目の前に……現れた時。

「孝人!」
 
あたしは唇を軽く噛みしめ、思いっきり抱きついたんだ。

「うっ……ううううぅぅ……」
「杏。僕のせいで怖い思いさせてごめん」

まるであたしの震える声をかき消すように。
孝人はあたしの頭を優しく撫でてくれた。

「大丈夫、大丈夫だから……。絶対に杏を守ってみせるから……」

春のそよ風のような温もりとともに、あたしの胸の中にいろいろな感情が流れ込んでくる。

想いを結ぶのも手を繋ぐのも、決してひとりではできない。
昨日と全く同じ日にはならないように。
今日と全く同じ明日にもならないから。
孝人と一緒なら、どんな困難も乗り越えられると思った。

涙声が次第に落ち着いてくると、孝人はあたしを優しく見つめた。

「……少し落ち着いた?」
「……うん。孝人、ありがとう」

あたしは涙まみれの顔を上げて、孝人を見つめる。

「……手紙、見てもいい?」
「……うん」

あたしは唇をきつく噛みしめながら、こくこくとうなずいた。

「この字、どこかで……」

手紙を見た孝人の声と表情には衝撃が張り付いていた。

「……字?」

その剣幕に、あたしは涙を堪えて、ゆっくりと孝人を見つめる。
すると、孝人はあたしに手を差し伸べてくれたんだ。

「行こう。体育館に」
「体育館? バスケの練習?」
「……この手紙を書いた人が分かった」

その言葉に、あたしはおそるおそる孝人の手を取った。
そして手を繋いだまま、ゆっくりと体育館に向けて歩き始める。

孝人、大丈夫だよね……。
その人が判明した途端、いなくならないよね。

あたしは握った手にぎゅっと力を込める。 
絶対に離ればなれにならないように祈りを込めて。

「……大丈夫。僕は杏のそばにいる」

どきりとした。まるで心の中を見透かされたような気がして。

「……だから大丈夫」
「……うん」

誰よりも愛しい響きを残して、その言葉はあたしの心の中に鳴り響く。
あたしたちはそれぞれ別の場所で体操着に着がえる。
これから向かう体育館からは、けたたましい音が鳴っていた。
バスケの練習が始まっているのだろうか。

「あ……」

体育館に入ると、案の定、練習が始まっていた。
体育館入口の半面は男の子が、奥では女の子がバスケの練習をしていた。
ダンダンという音が、体育館に響き渡る。

「よっしゃー!!」

ゴールの前では、通谷くんがシュートを決めてかっこよく着地をしていた。
太陽のように輝いて見える通谷くんは、あたしたちに気づくと駆け寄ってくる。
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