きっと消えない秋のせい

◆第一章 あの日と同じ冷たさで

静かに季節は移り、夏の強い陽射しが徐々に和らいでいった。
木々が茜色に染まる季節を迎えた、そんな小学5年生の秋の日。
赤坂小学校。放課後になると、どこもかしこも賑やかだ。
これから友達の家へ向かう人。
そのまま帰る準備をする人。
まだ、しばらく残って友達とおしゃべりをする人。
みんなと先生が歩く廊下は、そこら中から笑い声と足音が聞こえてくる。
毎日、同じ日を繰り返しているみたいな、変わらないありふれた日常。
いつもどおりの放課後が始まる校舎を、あたしは昇降口まで向かっていく。
すると、昇降口の手前で、見慣れた顔が立っていた。

「考人!」
「杏」

考人があたしの名前を呼んで振り返る。
あたしは考人をさがして、ここまで追いかけてきたんだ。
考人は『あの事故』以来、すっかり性格が変わってしまったから。
あたしは手にぎゅっと力を込める。
そして、全ての始まりの日を思い出す。


「杏、大変よ!」

お母さんが血相を変えて、部屋に飛び込んできたのは一年前のことだった。
その表情から、ただごとじゃないのは感じ取れていたんだけど。

「お母さん、どうしたの?」
「今、深瀬さんから電話があったんだけど……」

お母さんは大きく息を吸い込み、深刻な面持ちで言った。

「孝人くんが事故に巻き込まれたって」
「え……」

孝人が事故に巻き込まれた――。
あたしはその瞬間、世界がひっくり返ったような驚きと、底知れない恐怖に打ち震えたんだ。
その後もお母さんが必死にしゃべっていたけど。
ただ、『事故』という言葉だけが、あたしの頭の中をぐるぐると回っていた。


それから数日後。
あたしに突きつけられたのは、あまりにも非情な現実だった。

「あのね、深瀬さんから連絡があったんだけど……」

お母さんはあたしの手をゆっくりと握りしめて告げたんだ。

「孝人くん、意識を取り戻したみたいなんだけど、様子がどこかおかしいって……」
「なにそれ……?」

あたしの声が震える。呼吸が乱れてしまう。
だって、とても信じられないことだったから。

『事故に()ってから、孝人の様子がおかしい』

という言葉の意味を理解するのに、すごく長い時間がかかった。
だって、信じたくなかったんだもん。
あたしはいつもの孝人しか知らなかったから。
だから、少なくとも病院に行くまで、それが事実だとは思っていなかったんだ。
でも……。

「……なに?」

考人はまるで別人のようになっていて。
息を切らして病室を訪ねたあたしをいとも簡単に戸惑わせた。

「あたし、杏だよ。片岡杏。幼なじみの……もしかしてあたしのこと、分からないの?」
「……知ってるよ」

今までの記憶はあるみたい。
なのに、この違和感はなに?
考人の様子が何だかおかしい気がする。

ふと、視線をさまよわせて気づいたんだ。
考人は手も足もギプスでかためられていて、頭にも包帯が巻かれている。
予想を上回る痛々しい姿に、あたしは足がすくんだ。
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