きっと消えない秋のせい


結菜が向かったところは大きな総合病院だった。
あの事故で考人たちが入院していた病院――に。

わーん、穴があったら入りたい。
一番怪しい場所だったのに、なんで今まで気づけなかったんだろう。
それとも、この場所のことを気づけなかったのは、誰かがお願いごとをしたせい?

悶々とするものの、答えは出てこない。
結菜は目的の場所があるらしく、受付には見向きもしないで奥に進んでいく。
エスカレーターで上がり、『家族控室』と書かれた部屋に入っていった。

「家族控室って確か、患者さんの家族の人たちが待っていたり、患者さんと患者さんの家族の人たちが面会したりする場所だよね? どうして、結菜はここに?」

とにかく大混乱。
あたしはこそっと通路の隅に隠れて聞き耳を立てた。

「あすか。最近、どう?」
「お母さん、もう、最悪よー。また、小学校に通うことになるなんて」
「また、それ。仕方ないでしょ。あなたは、あの事故で亡くなった人の身体を借りて生き返ったんだから」

その瞬間、目の前が真っ暗になった。
悪寒を覚えるほど、空気が張りつめた気がした。

「……生き返った? なに、それ?」

悪い予感がした。
なにか知ってはいけないことを聞いている感覚。
予想もしていなかった残酷な真実に、あたしは思わず、目を背けたくなってしまった。

「分かってるわよ。ほんと早く、イラストレーターの仕事を復帰したいわね」
「あすかのイラストレーターとしてのペンネーム。『あすかみのり』だったかしら」
「そうよ。いつか、あすかみのり先生みたいな……素敵なイラストレーターになりたい……って日記に書いていたし。亡くなったこの子も、夢が叶って本望だと思うわ」

どくんっ。
心臓が強く脈打つ。
同時に全身を駆け巡る、嫌な予感。

まさか――。

あたしは恐怖のあまり、息を呑んだ。
その言葉が示すあり得ない憶測に心が震える。
それはまるで――

「わたしはこの身体で――天宮結菜として、イラストレーターになるという夢をもう一度、叶えるわ!」

結菜の声が、あたしにとって受け入れがたい事実を突きつけてくる。

「……どういうこと? 今の結菜は、本物の結菜じゃないの? 本物の結菜は亡くなっているの?」

突然に繰り出されるあの事故の真実についていけない。
それでも必死に頭の中で考える。
そうして行きつくのは、今の結菜の中身は別の人――あすかみのり先生だということ。
そして、本物の結菜はあの事故で亡くなったということで……。
あたしが動揺していると突然、部屋のドアが開いた。
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