きっと消えない秋のせい
「――杏」

頭の上から柔らかな声が落ちてきた。
いつの間にか、考人があたしの様子を心配そうに窺っていた。

「……良かった。ここにいたんだ。杏のお母さんが杏が帰ってこないって、すごく心配していた」
「考人……」

力が入らないあたしに、考人は息を切らしながら手を差し出してくれる。
その温かな手をつかむと、あたしはベンチから立ち上がった。

「あ……」

ふと、視線を上げたその瞬間、飛び込んできたのは。

一面の光。

思わず絶望を吹き飛ばしてしまいそうなほどに。
夜空にたくさんの星が咲いていたんだ。
ひとつだけでは、広大な闇に埋もれて見落とされてしまいそうな。
小さな光が無数に散りばめられていた。
まるでそれは、歌うように輝いて、世界を光で包んでいる。
もう夜だ。ベンチに座り込んでから、だいぶ時間が経っていたみたい。

「杏、帰ろう」
「……うん」

考人の言葉に、あたしはおそるおそるうなずいた。
そして手を繋いだまま、ゆっくりと家に向けて歩き始める。
だけど、あたしはそこである可能性に気づいてしまったんだ。

もしかしたら、あの事故で性格が変わった人たちはみんな、中身は別の人なのかもしれないって。
結菜のように――。
それはつまり、考人もそうだということで……。

「考人……」
「……ん?」

あたしのかすれた声に、考人は足を止め、振り返ってくれた。
でも……。

「あ……」

その後の言葉は、喉の奥が苦しくなって上手くしゃべれなかったんだ。
だってだって、怖い。確かめるのが怖い。

「杏、何か確かめるのが怖いことがあるの?」

そんなあたしの様子を見て、考人が心配そうに見つめてきた。
迷ったけど……思いきって覚悟を決める。

「……あの、あのさっ、考人!」

あたしは深く息を吸い込むと、ゆっくりと口を開いた。

「今日、病院に行ってきたんだ。あの事故で考人たちが入院していた総合病院に」
「病院に?」

一時の間を置いて、考人はささやくように聞いた。

「うん、ごめん。あの事故の真実をどうしても知りたかったから、結菜の後を追いかけたの」

あたしは気まずい表情の考人をまじまじと見つめる。

「そしたら、結菜は自分のことを『あすかみのり先生』だって言っていたの。そして、本物の結菜はあの事故で亡くなったって……」

痛む胸を押さえながら、あたしは苦しげに声をふりしぼったんだ。
だって、あの事故の真実を知るまで、たとえ性格が変わったとしても、以前のように笑い合える日が来ると信じていた。
でも、今の結菜は全くの別人で。
その願いはどうあがいても決して叶わない。
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