荒神の贄になりましたが花嫁として溺愛されています~『化け物白うさぎ』と呼ばれた乙女は神の最愛になる
 縁側に控えたアカリが、厳かに口を開いた。

 わけがわからなく、うさぎはジッとその茶色の針山を見下ろす。
 確か自分が見たのは、見上げるほど大きな長い毛で覆われた熊のような神であったはず。
 今、自分は見上げているのではなく見下ろしている。

(……いったい、どういうことなのかしら?)
 訳が分からず、うさぎの頭は混乱した。

「……あー」
 そのとき、小さな針山が咳払いをした。
「昨夜は済まなかった。たいそう怯えさせてしまったようだ」

 幼い声で話しかけてきて、うさぎは肩を震わせた。
 ようやく気づいたのだ。
 この小さな茶色い針山が、荒日佐彦神だということに。

「も、申し訳ございません! 不躾に見下ろしてしまいました!」
 うさぎは勢いよく座礼をする。

「よい。それより顔をあげてくれ。話しがしづらい」

 威厳たる言い方なのに小さくて幼い男の子の声音なので、その格差にうさぎはどうしてかほっこりしてしまう。
 しかも見かけは針山を背負った小さな獣みたいだ。小さなものが好きなうさぎはますますほっこりする。
 うさぎの落ち着いた様子に荒日佐彦はホッとしたのか、その場に座ると「こほん」と咳払いをした。

 それが合図だったのかアカリは静かに退出し、部屋にいるのはうさぎと荒日佐彦神だけになる。
 それを見計らったように荒日佐彦は話し出した。

「私がお前に怒鳴ってしまった訳だが……」
「……はい」
「その、お前の見た目が私の眷属たちに似ていてな……また悪戯をされた(・・・・・・)と思って怒鳴ってしまったのだ。すまない」

 なるほど、とうさぎは得心する。
 自分は白い髪と赤い目を持っている。白ウサギと同じ特徴でうさぎと名付けられ、村の皆から「人」とした扱いを受けてこなかった。
 それにしても、荒日佐彦の話を聞くにここの神使たちは悪戯好きなようだ。

「いえ、私はこのようにうさぎの特徴を持った者でございます。勘違いされても仕方がございません。むしろ、眷属の皆様からしたら私が似ているなどと言ったらご迷惑では――」
「――迷惑ではない!」

 小さい体に見合わない大きな声に、うさぎは肩を縮め震わせた。
 その様子に、荒日佐彦はシュンと俯いてしまう。

「済まぬ。また怖がらせてしまった……」
「いえ、思いがけない大きなお声だったので……少々驚いただけです」
「……私が怖くないか?」

 そう問われ、うさぎは躊躇う。
 確かに、夜のあの大きな針山のような姿は『神』というより『魔物』とか『怪物』だ。
 けれど――自分が怯えないように体を小さくして会ってくれるばかりか、謝罪までしてくれた。

(それに……)

 瑠璃色の丸い瞳で自分を見上げてくる小さな荒日佐彦が、とても愛らしいとさえ思ってしまう。

(神様を見て愛らしいなんて失礼よね)

「あの、私でいいのでしょうか?」
「お、お前さえよければ……だが。……しかし、お前含めて村の者たちは誤解しているようだ」
「『誤解』とは?」
「お前は『贄』として選ばれ、ここに参ったと」
「……はい」

 うさぎは胸のあたりで両手を強く握った。
 そう、自分は荒日佐彦に食べられるためにやってきた。
 思いがけない待遇に驚き嬉しくなったけれど、この事実は変わらないだろう。




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