荒神の贄になりましたが花嫁として溺愛されています~『化け物白うさぎ』と呼ばれた乙女は神の最愛になる
「おい! 主人は俺だぞ! ちょっと待たんか!」
荒日佐彦が声を上げて兎たちを呼び止めたが、一匹も止まることなく極めて迅速に駆けて行ってしまった。
「なぜ、主人である俺の言うことを聞かんのだ!? アカリ、ちゃんと教えておけ!」
凛々しい眉毛を逆立ててアカリに物申す荒日佐彦に、アカリは「兎たちの直接の頭はわたしですが?」と逆に尋ねる始末。
「あ、あの、荒日佐彦様。アカリさん。私の要望のためにどうか、喧嘩は止めてください」
思い切って白花は二人の間に入る。
「喧嘩などしておらん」
「あ、あの、すみません! その……わ、私の勘違いでした」
恐縮してしまった白花は、肩を窄めながら頭を下げる。
「白花。そう謝らなくてよい」
「そうです、文句を言ってきた荒日佐彦様が悪いのです。荒日佐彦様は荒神なだけあって怒りん坊。それは荒々しい自然神なのですから仕方のないこと。白花様が謝ることはなーんにもありません。荒日佐彦様が怒って入らしたら、いつものことだと知らんぷりなさってくださいな」
「……お前は褒めているのか? けなしているのか?」
「褒めてはおりません。だって奥方である白花様を怯えさせているのですもの。私は白花様の前面的に味方をすると決めております」
なんだか険悪な空気が漂ってきた。
白花はまた頭を下げる。
「荒日佐彦様もアカリさんも悪くありません。私がまだこの世界やそれぞれの関係になれなくて……余計な口出しをしてしまうから……」
自分が責められるのは嫌でも、慣れている。
けれど、自分の周囲にいる者たちが仲違いをするのを見る方が、もっと嫌で慣れない事だった。
下げた頭を撫でる温かい手がある――荒日佐彦だ。
「顔を上げよ、白花」
恐る恐る顔を上げると、すぐそばに彼がいる。
荒々しい神なのに、自分に向ける表情はいつも穏やかで笑みさえ浮かべる時だってある。
顔立ちは神々しく、そして美しい。
男という性が傍に来ることに慣れていないのに、ここまで端正で輝くように美しいと白花は気後れをする前に平伏してしまいたくなる。
――以前に一度やってしまい、荒日佐彦をたいへんに困らせてしまい、やらないよう心がけている白花だ。
「すまないな。お前には仲違いをしているように見えたか。俺とアカリはこういう言い争いをたまにはするが――たまにだ。しょっちゅうではないぞ。長く私に仕えてくれている兎なので遠慮がないだけなのだ」
「そうでございますよ! 白花様。荒日佐彦様にお仕えしている兎は、先ほどご覧になったように大勢おりますがわたしが一番、年長なのです。だから偉そうにしているだけですので!」
「たまに言い争いをする」との言葉に白花がシュンとなったので、二人は慌てて言い足す。
「私のほうこそ、その、対話に慣れていない上に空気を読むことにも疎くて……申し訳ない気持ちです」
ここは笑って場をおさめたほうがよかったのだろう。今更そう思う。
(本当に私ったら、気が利かないわ……)
私が神の花嫁で、よかったのだろうか?
まだ契りを結んでいないのだから、外界に戻って真実を話し、美月と交代したほうがいいのだろうか?
毎日、こんな感情が頭の中でグルグル回っている。
美月は婚約して婚約者を好いているようだから、無理だろう。
それに美月の婚約は、帝都に進出したい槙山家の事情も絡んでいる。
今更、無理――。
荒日佐彦に寄り添う美月の姿が浮かび、
(いや……!)
と、思わず首を横に振ってハッとした。
「白花? どうした?」
「白花様?」
荒日佐彦は目と鼻の先にいる。
ほんの少し手を伸ばせば、すぐに彼の温もりを感じることができる距離に。
自分が触れようとすれば、荒日佐彦は喜んで手を取るだろう。
――その手は美月でなく、自分であってほしい。
嫉妬している。
自分ではない女性が彼の隣にいることを想像して。
かあっ、と体の芯から熱くなったのを感じた。
「白花。急に顔が赤く……」
「み、見ないでください!」
恥ずかしい――白花は荒日佐彦の目から逃れるようにその場から逃げた。
荒日佐彦が声を上げて兎たちを呼び止めたが、一匹も止まることなく極めて迅速に駆けて行ってしまった。
「なぜ、主人である俺の言うことを聞かんのだ!? アカリ、ちゃんと教えておけ!」
凛々しい眉毛を逆立ててアカリに物申す荒日佐彦に、アカリは「兎たちの直接の頭はわたしですが?」と逆に尋ねる始末。
「あ、あの、荒日佐彦様。アカリさん。私の要望のためにどうか、喧嘩は止めてください」
思い切って白花は二人の間に入る。
「喧嘩などしておらん」
「あ、あの、すみません! その……わ、私の勘違いでした」
恐縮してしまった白花は、肩を窄めながら頭を下げる。
「白花。そう謝らなくてよい」
「そうです、文句を言ってきた荒日佐彦様が悪いのです。荒日佐彦様は荒神なだけあって怒りん坊。それは荒々しい自然神なのですから仕方のないこと。白花様が謝ることはなーんにもありません。荒日佐彦様が怒って入らしたら、いつものことだと知らんぷりなさってくださいな」
「……お前は褒めているのか? けなしているのか?」
「褒めてはおりません。だって奥方である白花様を怯えさせているのですもの。私は白花様の前面的に味方をすると決めております」
なんだか険悪な空気が漂ってきた。
白花はまた頭を下げる。
「荒日佐彦様もアカリさんも悪くありません。私がまだこの世界やそれぞれの関係になれなくて……余計な口出しをしてしまうから……」
自分が責められるのは嫌でも、慣れている。
けれど、自分の周囲にいる者たちが仲違いをするのを見る方が、もっと嫌で慣れない事だった。
下げた頭を撫でる温かい手がある――荒日佐彦だ。
「顔を上げよ、白花」
恐る恐る顔を上げると、すぐそばに彼がいる。
荒々しい神なのに、自分に向ける表情はいつも穏やかで笑みさえ浮かべる時だってある。
顔立ちは神々しく、そして美しい。
男という性が傍に来ることに慣れていないのに、ここまで端正で輝くように美しいと白花は気後れをする前に平伏してしまいたくなる。
――以前に一度やってしまい、荒日佐彦をたいへんに困らせてしまい、やらないよう心がけている白花だ。
「すまないな。お前には仲違いをしているように見えたか。俺とアカリはこういう言い争いをたまにはするが――たまにだ。しょっちゅうではないぞ。長く私に仕えてくれている兎なので遠慮がないだけなのだ」
「そうでございますよ! 白花様。荒日佐彦様にお仕えしている兎は、先ほどご覧になったように大勢おりますがわたしが一番、年長なのです。だから偉そうにしているだけですので!」
「たまに言い争いをする」との言葉に白花がシュンとなったので、二人は慌てて言い足す。
「私のほうこそ、その、対話に慣れていない上に空気を読むことにも疎くて……申し訳ない気持ちです」
ここは笑って場をおさめたほうがよかったのだろう。今更そう思う。
(本当に私ったら、気が利かないわ……)
私が神の花嫁で、よかったのだろうか?
まだ契りを結んでいないのだから、外界に戻って真実を話し、美月と交代したほうがいいのだろうか?
毎日、こんな感情が頭の中でグルグル回っている。
美月は婚約して婚約者を好いているようだから、無理だろう。
それに美月の婚約は、帝都に進出したい槙山家の事情も絡んでいる。
今更、無理――。
荒日佐彦に寄り添う美月の姿が浮かび、
(いや……!)
と、思わず首を横に振ってハッとした。
「白花? どうした?」
「白花様?」
荒日佐彦は目と鼻の先にいる。
ほんの少し手を伸ばせば、すぐに彼の温もりを感じることができる距離に。
自分が触れようとすれば、荒日佐彦は喜んで手を取るだろう。
――その手は美月でなく、自分であってほしい。
嫉妬している。
自分ではない女性が彼の隣にいることを想像して。
かあっ、と体の芯から熱くなったのを感じた。
「白花。急に顔が赤く……」
「み、見ないでください!」
恥ずかしい――白花は荒日佐彦の目から逃れるようにその場から逃げた。