荒神の贄になりましたが花嫁として溺愛されています~『化け物白うさぎ』と呼ばれた乙女は神の最愛になる
荒日佐彦が白花を引き寄せ、そのままどこぞへ連れて行く。
仮宮があるこの周辺は、確かに父が神を一時的に移す場所として造った。
なのに別の空間の中に自分たちはいるのだ。
おそらく荒日佐彦が連れて行こうとする場所も、異空間なのだろう。
仮宮の庭を数歩歩いて――急に景色が変わり、その光景に白花は目を見張る。
いつの間にか、一帯が薄闇になっていたからだ。
しかも、蛍のような柔らかな光を放つ様々な大きさの玉がゆるりと宙を舞っている。
薄闇なのは何百何万という、たくさんのこの光が舞っているからだとわかった。
下に視線を向ければ、春先に芽吹いたばかりのような雑草たちが生えていて、自分と荒日佐彦の重さを受け止めている。
「これは……蛍?」
光る玉は上手に自分たちを避け、浮遊している。
手のひらを出し、光の玉を一つそっと受け止めたが、小さな黒い体は見受けられない。
「ここはいったい……? 村の……中ではありませんよね?」
「ここは、幽冥主宰大神が管理なされている地だ」
「幽冥主宰大神……様?」
初めて聞く神の名前だ。
荒日佐彦の元に嫁いでから、読み書きの一環として現在おわす神々の名を書きながら覚えているが、まだ知らない神の名前だった。
「申し訳ございません……勉強不足で、どんな神様なのかよくわからなくて……」
「神は皆、たくさんのお役目を持つ。一人でたくさんの名前を持つ者ばかりだ。気にすることはない。ここは『幽世』。冥界と葦原中 国との狭間にある場所だ。そしてここをおさめるのは、人の世では大国主神と呼んだほうがわかるだろう」
――大国主神。なるほどと白花は頷く。
「『幽世』……って、こういった場所なんですね」
「『幽世』は広いぞ。一部にしかすぎん」
白花が目を丸くしながらキョロキョロと視線を彷徨わせている姿に、荒日佐彦は笑いながら答えた。
「この光は……何なのでしょうか? 熱を発していないようですし、虫でもないし、獣でもないようですし……」
「人の御魂だ」
「御魂? こ、これが……?」
――たましい
「ここにいる御魂は、いずれ黄泉国か天上界に向かう。それまでここで暮らす」
「いつまでお暮らしになるのですか?」
「それは人によって違う。天地開闢の際に現れた三神である、別天津神様がお決めになる」
「そうなのですね。……私がここに来てもいいのでしょうか?」
「ここに来られた、ということはそなたは受け入れられたということだ。安心せい」
「で、でも……!」
――化け物。
美月の見下した顔と声が頭に響いたその時。
「白花」
美月の声を霧散させる甘く優しい声と、自分の頬を撫でる大きな手に白花は我に返った。
「お前は自分を知らなさすぎる。『無垢』でとても愛らしいが、己を知って受け入れて行かねば『無知』となる。私の妻となって、自分は何者になったのか理解せねばいかんぞ?」
「……荒日佐彦様。申し訳ありません……」
「お前が今までどんな境遇にいたのかは知っている。だからすぐに自分を変えることは難しかろう。だが、お前の全てを受け入れて愛しむものたちがいることを忘れないでくれ」
「……はい」
つい俯いてしまった白花の頭に、荒日佐彦の唇が落とされる。
労るように肩を抱く彼の手も既に白花には心地よく、安心できるものとなっている。
愛されている――そのことに心が震えるほど嬉しく、涙が溢れるほどなのに。
――怖くて仕方がない。
仮宮があるこの周辺は、確かに父が神を一時的に移す場所として造った。
なのに別の空間の中に自分たちはいるのだ。
おそらく荒日佐彦が連れて行こうとする場所も、異空間なのだろう。
仮宮の庭を数歩歩いて――急に景色が変わり、その光景に白花は目を見張る。
いつの間にか、一帯が薄闇になっていたからだ。
しかも、蛍のような柔らかな光を放つ様々な大きさの玉がゆるりと宙を舞っている。
薄闇なのは何百何万という、たくさんのこの光が舞っているからだとわかった。
下に視線を向ければ、春先に芽吹いたばかりのような雑草たちが生えていて、自分と荒日佐彦の重さを受け止めている。
「これは……蛍?」
光る玉は上手に自分たちを避け、浮遊している。
手のひらを出し、光の玉を一つそっと受け止めたが、小さな黒い体は見受けられない。
「ここはいったい……? 村の……中ではありませんよね?」
「ここは、幽冥主宰大神が管理なされている地だ」
「幽冥主宰大神……様?」
初めて聞く神の名前だ。
荒日佐彦の元に嫁いでから、読み書きの一環として現在おわす神々の名を書きながら覚えているが、まだ知らない神の名前だった。
「申し訳ございません……勉強不足で、どんな神様なのかよくわからなくて……」
「神は皆、たくさんのお役目を持つ。一人でたくさんの名前を持つ者ばかりだ。気にすることはない。ここは『幽世』。冥界と葦原中 国との狭間にある場所だ。そしてここをおさめるのは、人の世では大国主神と呼んだほうがわかるだろう」
――大国主神。なるほどと白花は頷く。
「『幽世』……って、こういった場所なんですね」
「『幽世』は広いぞ。一部にしかすぎん」
白花が目を丸くしながらキョロキョロと視線を彷徨わせている姿に、荒日佐彦は笑いながら答えた。
「この光は……何なのでしょうか? 熱を発していないようですし、虫でもないし、獣でもないようですし……」
「人の御魂だ」
「御魂? こ、これが……?」
――たましい
「ここにいる御魂は、いずれ黄泉国か天上界に向かう。それまでここで暮らす」
「いつまでお暮らしになるのですか?」
「それは人によって違う。天地開闢の際に現れた三神である、別天津神様がお決めになる」
「そうなのですね。……私がここに来てもいいのでしょうか?」
「ここに来られた、ということはそなたは受け入れられたということだ。安心せい」
「で、でも……!」
――化け物。
美月の見下した顔と声が頭に響いたその時。
「白花」
美月の声を霧散させる甘く優しい声と、自分の頬を撫でる大きな手に白花は我に返った。
「お前は自分を知らなさすぎる。『無垢』でとても愛らしいが、己を知って受け入れて行かねば『無知』となる。私の妻となって、自分は何者になったのか理解せねばいかんぞ?」
「……荒日佐彦様。申し訳ありません……」
「お前が今までどんな境遇にいたのかは知っている。だからすぐに自分を変えることは難しかろう。だが、お前の全てを受け入れて愛しむものたちがいることを忘れないでくれ」
「……はい」
つい俯いてしまった白花の頭に、荒日佐彦の唇が落とされる。
労るように肩を抱く彼の手も既に白花には心地よく、安心できるものとなっている。
愛されている――そのことに心が震えるほど嬉しく、涙が溢れるほどなのに。
――怖くて仕方がない。