荒神の贄になりましたが花嫁として溺愛されています~『化け物白うさぎ』と呼ばれた乙女は神の最愛になる
 こんなに愛されていていいのか?
 これは夢で、目が覚めたらいつものように「化け物」と罵られ蔑みの目で見られながら使用人以下の扱いを受けているのか。
 彼が横で寝ている姿を何度も確認して安心してようやく眠りにつく、そんな夜が幾度もある。
 アカリや可愛い神使の兎たちも、目の前から消えてしまうのではとも。
 自分の出生と生きてきた軌跡で、自信を持てないとわかっている。

 こんなに愛されたことなんてなかったから。

「すみません、私。こんなに愛されたことがなかったものですから……どうしても卑下してしまって」
「そんなことはないだろう?」

 荒日佐彦の意外な言葉に白花は顔を上げ、荒日佐彦の顔を見つめる。

「白花の亡き母君は、お前を慈しんだはずだ。それと宮司の爺と」
「宮司様には大変お世話になりましたが……母は私を産んですぐに亡くなったので……」
「お前を産むまで母君は、とても楽しみにしていた。毎日子守歌を歌い、腹から白花を撫でていた。『愛し子』と呼びながら。産んで体の回復を待って白花とともにあの家を出るつもりだったことも。『槙山家の犠牲にさせない』と」
「……お母さんが? そんなことを思って……」

「ちょっと待っていろ」と荒日佐彦は目を瞑り、しばらくしてから目を開けてある方向を指さす。

「お前の母親は、天上界にいた。幽冥主宰大神に頼み、天照大神に取り次ぎをしていただいたのだ」

 ゆるりと漂う淡い光の中、荒日佐彦が指した方向に巫女姿の女性が一人、立っていた。
 白花は目を凝らし見つめていると、その女性はゆっくりと何かを確かめるようにこちらに歩いてくる。
 その女性は白花を認識したのか、泣きだし、歩みを速める。

「私のやや、私のやや子……!」
「えっ?」

白花は荒日佐彦に視線を移す。彼は微笑みながら頷くと、「白花の母親だ」と背中を押した。まさか?顔の知らない母。

 まだ若く、そして自分によく似ている。
 真っ直ぐな黒髪を緩く後ろで一つに結わき、涙で揺れている瞳は黒曜石色だ。

「お母さん……?お母さんですか?」
 驚きに震える声で呼びかけた白花に、その女性は飛び込むように抱きしめてきた。

「大きくなって……! ああ、天照大神様、幽冥主宰大神様、このような機会を与えてくださりありがとうございます! この手に抱きしめられる日がくるなんて……!」

 きつく抱きしめられる。今まで抱くことの叶わなかった子の体温を全て味わうかのように。

 白花は覚えていない。けれど、どうしてかこの人が自分の母親だとわかった。
 流れ巫女で金と引き換えに子を産むことを承諾して、自分を産んでまもなく亡くなってしまったと、『金に目が眩んだ落ちぶれた巫女の子よ』と美月の母にあざ笑われた。

 でも、そんな、金に目が眩んだように見えない清らかさがある。

「おかあ……さん?」
「そうよ。よく、お顔を見せてくれる?」
「……あっ、で、でも、私……」

 白花は自分の持つ色を恥じた。母はどう見ても健常な色を持つ人だから。
 けれど母は気にしていないようで、白花の両の頬に触れながら間近で自分を見つめる。

「白い肌に、絹のように輝く白髪。それに、珊瑚のような美しい赤い瞳。心配してた、健康に恵まれたのね。……よかった」
「……気持ち悪く、ない?」

 白花の問いに母は目を大きく見開く。

「何を言うの? 全然そんなこと思わないわ。それに、ややのその姿は、私の一族の血を強く受け継いだ証拠なの」
「一族の……?」
「ええ、お母さんの一族はね、海を越えてこの国に来たの。そうしてこの国の人間と繋がっていったのよ」
「そう……だったんですね」

 海を越えた遠い国。
 遠い昔にこの国に来た一族。

「『先祖返り』っていうの。白花の持つ力も一族から受け継いだもの、槙山家とは関係ないのよ……ごめんなさい、私が産んですぐに亡くなってしまったから……教える時間も、一緒に逃げる時間もなかった……」
「お母さん……おかあ……っさんっ」

 母親だ。
 この人は間違いなく自分の母親だ。
 魂がそう訴えている。

 白花も堪らず涙を零し、母を強く抱きしめた。

 会いたかった。
 抱きしめて欲しかった。
 供に笑い、供に泣いて欲しかった。
 一緒に生きてほしかった。

 様々な想いが一気に押し寄せてきて、白花はただ泣きじゃくる。

 母と二人、抱きしめ合い、ひとしきり泣いて、そして目を合わせ笑った。





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