荒神の贄になりましたが花嫁として溺愛されています~『化け物白うさぎ』と呼ばれた乙女は神の最愛になる
「最後にそう告げて、お帰りになりました」
さっそく宮司は、朝早く槙山家に出向き御祭神の言葉を伝えた。
献上品については話さなかった。娘の美月が同席している。また機嫌を損ねて癇癪を起こされると面倒だからだ。
神のやりとりから最後の言葉まで伝えたが、槙山家の当主勇蔵とその家族は渋い面を崩さない。
「宮司。それは前の仕返しか?」
「……はっ?」
当主の言葉に宮司は驚き、ポカンと当主である勇蔵を見つめる。
「わしが神職から降りる、その際に押し倒したのを根に持っているのか? それとも献上品を取り返したことの仕返しか?」
「いやいや……! そのことなどもう、わたくしの頭の中から抜けておりました! 神職から降りることも帝都に行くのならやむなし。献上品についてはこちらで用意をしました。今朝、こうして参ったのは……」
「――黙れ! 神の声? 信じられるか! 大方そういえば恐れて辞職を撤回し、寄付金でもせしめ取ろうとでも考えているのだろう!」
「神に誓ってそのような考えはありませぬ!」
老体とは思えぬ宮司の大声に当主家族は、身を固まらせた。
「辻結神社の御祭神は、おそらく今までの槙山家の献身に感謝し、その後のことを案じて、わたくしめにお言葉をお伝えくださったのでしょう。それを伝えに参上したまで!」
そう言い切ると宮司は立ち上がり、形だけの礼をして屋敷を去った。
「……困ったものだ。きっと神のお言葉を真剣に考えることなどしないだろう」
伝えることは伝えた、と宮司は呟くと社務所へ戻った。まだまだ遷宮の準備で忙しい。
「なんと無礼な……! 信神しないと罰が当たるなどと! あなた、言わせておいてよろしいのですか!?」
宮司が帰った後、真っ先に声を荒げたのは勇蔵の妻だった。顔を真っ赤にして騒ぐ。
その声に同調したのは娘の美月だ。
「そうよ! 私が嫁入りする鷹司家にも害が及ぶと言っているようなものだわ! 嫌がらせよ、きっとあの女が裏で手を引いてるに決まってるわ!」
「母さんも美月も、黙っていなさい。父さんはどうお考えで?」
制したのは勇だ。家族の中で一番冷静でいるようだが、顔を歪めているところをみると気分を害しているのは間違いない。
「あの宮司とは長い付き合いだ。『馬鹿』がつくほど生真面目でお人好しだ。嫌がらせで朝早く話に来たわけじゃないだろう。本当に『神託』が降りたのかもしれん」
「あなた、あのほら吹きの話を信じるのですか?」
嘘だと思い込んでいる妻は、すでに宮司のことを「ほら吹き」と呼んで嘲っている。
「母さん、それは言い過ぎです。……しかし、少々心理学の門を叩いた僕としては、宮司は幻覚妄想状態にあるのではないでしょうか? 神を信仰するあまりに『神の声が聞こえた』と思うんです。強い心労で解離状態になるんです。遷宮で老体をうって動いていますからお疲れなんでしょう」
「それはあるかもな……」
うむ、と勇蔵は唸る。
「それにしたって無礼ですわ。わたくしたちはこれから帝都に引っ越すのです。そこで新しく祀る神を見つければいいではありませんか。――そうだわ、鷹司家が祀っているご本尊をお尋ねして祀りましょう」
「縁を深くするにはそうした方がよかろう。だがわしは槙山家の当主として、辻結神社を祀った子孫として見送らなくてはならん。不義理な真似はできん。やはり遷宮までやり遂げねば。……それに宮司は儂より歳だしな」
「それがいいと思います」
勇が同意する。
次の当主である勇が賛成したことで、妻と娘は何も言えなくなってしまった。
さっそく宮司は、朝早く槙山家に出向き御祭神の言葉を伝えた。
献上品については話さなかった。娘の美月が同席している。また機嫌を損ねて癇癪を起こされると面倒だからだ。
神のやりとりから最後の言葉まで伝えたが、槙山家の当主勇蔵とその家族は渋い面を崩さない。
「宮司。それは前の仕返しか?」
「……はっ?」
当主の言葉に宮司は驚き、ポカンと当主である勇蔵を見つめる。
「わしが神職から降りる、その際に押し倒したのを根に持っているのか? それとも献上品を取り返したことの仕返しか?」
「いやいや……! そのことなどもう、わたくしの頭の中から抜けておりました! 神職から降りることも帝都に行くのならやむなし。献上品についてはこちらで用意をしました。今朝、こうして参ったのは……」
「――黙れ! 神の声? 信じられるか! 大方そういえば恐れて辞職を撤回し、寄付金でもせしめ取ろうとでも考えているのだろう!」
「神に誓ってそのような考えはありませぬ!」
老体とは思えぬ宮司の大声に当主家族は、身を固まらせた。
「辻結神社の御祭神は、おそらく今までの槙山家の献身に感謝し、その後のことを案じて、わたくしめにお言葉をお伝えくださったのでしょう。それを伝えに参上したまで!」
そう言い切ると宮司は立ち上がり、形だけの礼をして屋敷を去った。
「……困ったものだ。きっと神のお言葉を真剣に考えることなどしないだろう」
伝えることは伝えた、と宮司は呟くと社務所へ戻った。まだまだ遷宮の準備で忙しい。
「なんと無礼な……! 信神しないと罰が当たるなどと! あなた、言わせておいてよろしいのですか!?」
宮司が帰った後、真っ先に声を荒げたのは勇蔵の妻だった。顔を真っ赤にして騒ぐ。
その声に同調したのは娘の美月だ。
「そうよ! 私が嫁入りする鷹司家にも害が及ぶと言っているようなものだわ! 嫌がらせよ、きっとあの女が裏で手を引いてるに決まってるわ!」
「母さんも美月も、黙っていなさい。父さんはどうお考えで?」
制したのは勇だ。家族の中で一番冷静でいるようだが、顔を歪めているところをみると気分を害しているのは間違いない。
「あの宮司とは長い付き合いだ。『馬鹿』がつくほど生真面目でお人好しだ。嫌がらせで朝早く話に来たわけじゃないだろう。本当に『神託』が降りたのかもしれん」
「あなた、あのほら吹きの話を信じるのですか?」
嘘だと思い込んでいる妻は、すでに宮司のことを「ほら吹き」と呼んで嘲っている。
「母さん、それは言い過ぎです。……しかし、少々心理学の門を叩いた僕としては、宮司は幻覚妄想状態にあるのではないでしょうか? 神を信仰するあまりに『神の声が聞こえた』と思うんです。強い心労で解離状態になるんです。遷宮で老体をうって動いていますからお疲れなんでしょう」
「それはあるかもな……」
うむ、と勇蔵は唸る。
「それにしたって無礼ですわ。わたくしたちはこれから帝都に引っ越すのです。そこで新しく祀る神を見つければいいではありませんか。――そうだわ、鷹司家が祀っているご本尊をお尋ねして祀りましょう」
「縁を深くするにはそうした方がよかろう。だがわしは槙山家の当主として、辻結神社を祀った子孫として見送らなくてはならん。不義理な真似はできん。やはり遷宮までやり遂げねば。……それに宮司は儂より歳だしな」
「それがいいと思います」
勇が同意する。
次の当主である勇が賛成したことで、妻と娘は何も言えなくなってしまった。