荒神の贄になりましたが花嫁として溺愛されています~『化け物白うさぎ』と呼ばれた乙女は神の最愛になる
◆ 遷宮前日の事件
「三日後には遷宮ですね」
荒日佐彦と縁側で月を眺めていた白花は、しみじみと告げる。
神の元に嫁入りして、既に一年が経過していた。
けれどここに来てから白花は、時間の感覚が朧気になっている。
おかしなものだ。
自分が住んでいたところと変わらない槙山家の敷地内で、朝に陽が昇り夜は月が顔を出す。
朝昼晩きちんときていつもの日常なのに、毎日がとても短く感じる。
仮宮に移り住んだ荒日佐彦と住んで、本宮は着々と施工が進み完成したという報告が宮司からあり、それでもう一年の月日が経ったことに白花は気づいたのだった。
「なに、そう大きくない宮だしな。それにそこは神の出入り口、玄関のようなもの。実際の住処はこうして別次元のところにある」
「これが神のお力」
と最初、目を白黒させていた白花だったが、一年経った今は荒日佐彦と相談して住みやすい広さにしている。
最初、荒日佐彦もどこまで広くしたらいいのかわからず、部屋をたくさん造っていた。
「ええ、最初驚きました。だってお台所に行くのも湯をもらいに行くのも、長い渡り廊下に広い畳部屋をいくつも歩いて行かなくてはならなかったのですもの」
「ちーっとばかり部屋数が多すぎたよな」
と、当時を思い出し荒日佐彦と笑い合う。
「快適に暮らす屋敷を造るのはなかなか難しいということがわかった。まあ、住む場所さえこうなのだから、木を切り倒すところからはじめる下界の建設は、時間がかかるだろう。一年は短いほうだと思うぞ」
「ええ、宮大工の皆様が頑張ってくれたお陰だと思います。私たちからも何かお礼をした方がよろしいでしょうか?」
「神は物は与えられん。『よい運』や『村の平和』に『繁栄』の祈りを与える」
荒日佐彦の言葉に白花は考え込む。
「どうした? 白花」
「それは荒日佐彦様にはお出来になりましょうけれど……私には難しいことだと思います」
「白花は既に俺の妻。俺についた『災』や『厄』を浄化できるのだから、それ相応の力はついている」
「そうでしょうか? 私自身、変化がわかりません。……以前となんら変わりないように思いますし」
そう言いながら白花は、体を確認するように自分の手足を動かす。
「白い髪も赤い目も変わりませんし、強いていえば……いえ、なんでもありません」
恥ずかしそうに口ごもった白花の顔を、荒日佐彦は不思議そうに覗き込む。
「どうした? 『強いていえば』と言っておいて『なんでもありません』はないだろう? 言ってくれ。俺が気になる」
「……笑いません?」
うん、と荒日佐彦が真顔で頷いたのを確認した白花は、キュッと目を瞑り決心して口を開く。
「に、肉付きが……よくなって……その、太ったんです……!」
「……そ、そうか……い、いや、ここにくる前が痩せすぎだっただけだぞ……白花は……っ」
そう、言ってくれた荒日佐彦だが、白花から顔ごと逸らし、体を震わせている。
「明らかに笑いを堪えていますでしょう……?」
「いや……そんなことで憂いている白花が可愛くて……っぶっ」
「もう……っ、なら、思い切りお笑いになってもらった方がいいです!」
ぷうと拗ねた白花だったが、すまんすまんと肩を抱き寄せられてあっという間に機嫌を直してしまう。
自分はなんて単純なんだろう、と思いながらも荒日佐彦の温もりに逃れられず、そっと頭を彼の胸に付ける。
こんな風に相手に甘えたことも寄り添ったこともなかった白花は、荒日佐彦の愛情に最初、どうやって応えていいかわからなかった。
彼の手を握り返していいのだろうか?
自分を見つめる彼の瞳に、同じように見つめ返していいのだろうか?
白い髪を撫で、愛しいと囁く彼に自分はジッとしているだけでいいのだろうか?
自分と一緒に食事を摂って、嫌な気持ちにならないのだろうか?
……痩せた体を抱いて、つまらないと思わないのだろうか?
荒日佐彦が誠実に自分と向き合ってくれていることは、初夜を行う前で十分に理解した。
――でなければ、自分の気持ちが固まるまで待ってくれるはずはない。
だからこそ自分も、彼の誠実さに誠実で返そうと思った。
けれど――彼を愛せば愛するほど不安になっていく。
いつか自分は彼に飽きられて、捨てられてしまうのだろうか?
捨てなくても実家にいたときのように、虐げられ使用人のように扱われ、目の前にいるなと叩かれるのだろうか?
神様だから、きっと自分の気持ちなどお見通しだろう。
こんな相手の好意を恐れる自分など、いずれ嫌われて捨てられる――いや、それが当たり前なのだ、という感情がグルグルと自分の胸を回っていた。
愛されることなど期待してはいけない。
自分が彼を愛せば、それで十分だ。
そう覚悟して一年。
荒日佐彦と縁側で月を眺めていた白花は、しみじみと告げる。
神の元に嫁入りして、既に一年が経過していた。
けれどここに来てから白花は、時間の感覚が朧気になっている。
おかしなものだ。
自分が住んでいたところと変わらない槙山家の敷地内で、朝に陽が昇り夜は月が顔を出す。
朝昼晩きちんときていつもの日常なのに、毎日がとても短く感じる。
仮宮に移り住んだ荒日佐彦と住んで、本宮は着々と施工が進み完成したという報告が宮司からあり、それでもう一年の月日が経ったことに白花は気づいたのだった。
「なに、そう大きくない宮だしな。それにそこは神の出入り口、玄関のようなもの。実際の住処はこうして別次元のところにある」
「これが神のお力」
と最初、目を白黒させていた白花だったが、一年経った今は荒日佐彦と相談して住みやすい広さにしている。
最初、荒日佐彦もどこまで広くしたらいいのかわからず、部屋をたくさん造っていた。
「ええ、最初驚きました。だってお台所に行くのも湯をもらいに行くのも、長い渡り廊下に広い畳部屋をいくつも歩いて行かなくてはならなかったのですもの」
「ちーっとばかり部屋数が多すぎたよな」
と、当時を思い出し荒日佐彦と笑い合う。
「快適に暮らす屋敷を造るのはなかなか難しいということがわかった。まあ、住む場所さえこうなのだから、木を切り倒すところからはじめる下界の建設は、時間がかかるだろう。一年は短いほうだと思うぞ」
「ええ、宮大工の皆様が頑張ってくれたお陰だと思います。私たちからも何かお礼をした方がよろしいでしょうか?」
「神は物は与えられん。『よい運』や『村の平和』に『繁栄』の祈りを与える」
荒日佐彦の言葉に白花は考え込む。
「どうした? 白花」
「それは荒日佐彦様にはお出来になりましょうけれど……私には難しいことだと思います」
「白花は既に俺の妻。俺についた『災』や『厄』を浄化できるのだから、それ相応の力はついている」
「そうでしょうか? 私自身、変化がわかりません。……以前となんら変わりないように思いますし」
そう言いながら白花は、体を確認するように自分の手足を動かす。
「白い髪も赤い目も変わりませんし、強いていえば……いえ、なんでもありません」
恥ずかしそうに口ごもった白花の顔を、荒日佐彦は不思議そうに覗き込む。
「どうした? 『強いていえば』と言っておいて『なんでもありません』はないだろう? 言ってくれ。俺が気になる」
「……笑いません?」
うん、と荒日佐彦が真顔で頷いたのを確認した白花は、キュッと目を瞑り決心して口を開く。
「に、肉付きが……よくなって……その、太ったんです……!」
「……そ、そうか……い、いや、ここにくる前が痩せすぎだっただけだぞ……白花は……っ」
そう、言ってくれた荒日佐彦だが、白花から顔ごと逸らし、体を震わせている。
「明らかに笑いを堪えていますでしょう……?」
「いや……そんなことで憂いている白花が可愛くて……っぶっ」
「もう……っ、なら、思い切りお笑いになってもらった方がいいです!」
ぷうと拗ねた白花だったが、すまんすまんと肩を抱き寄せられてあっという間に機嫌を直してしまう。
自分はなんて単純なんだろう、と思いながらも荒日佐彦の温もりに逃れられず、そっと頭を彼の胸に付ける。
こんな風に相手に甘えたことも寄り添ったこともなかった白花は、荒日佐彦の愛情に最初、どうやって応えていいかわからなかった。
彼の手を握り返していいのだろうか?
自分を見つめる彼の瞳に、同じように見つめ返していいのだろうか?
白い髪を撫で、愛しいと囁く彼に自分はジッとしているだけでいいのだろうか?
自分と一緒に食事を摂って、嫌な気持ちにならないのだろうか?
……痩せた体を抱いて、つまらないと思わないのだろうか?
荒日佐彦が誠実に自分と向き合ってくれていることは、初夜を行う前で十分に理解した。
――でなければ、自分の気持ちが固まるまで待ってくれるはずはない。
だからこそ自分も、彼の誠実さに誠実で返そうと思った。
けれど――彼を愛せば愛するほど不安になっていく。
いつか自分は彼に飽きられて、捨てられてしまうのだろうか?
捨てなくても実家にいたときのように、虐げられ使用人のように扱われ、目の前にいるなと叩かれるのだろうか?
神様だから、きっと自分の気持ちなどお見通しだろう。
こんな相手の好意を恐れる自分など、いずれ嫌われて捨てられる――いや、それが当たり前なのだ、という感情がグルグルと自分の胸を回っていた。
愛されることなど期待してはいけない。
自分が彼を愛せば、それで十分だ。
そう覚悟して一年。