荒神の贄になりましたが花嫁として溺愛されています~『化け物白うさぎ』と呼ばれた乙女は神の最愛になる
 着物の袖で目頭を押さえ、涙を拭うフリをする。
 こうすれば大抵の男は自分に靡いて、思う通りに動いてくれた。
 もう片方の袖で笑いそうになる口元を押さえ、嗚咽をもしてみせる。

 これでもう彼は、私のもの。
 うさぎなんて、うらぶれてしまえばいいのよ。
 自分よりもてて、自分よりいい衣装をきて、自分より美しい女などいてはいけないの。
 親の愛も男の愛も神の愛も、全て私のもの――

「これ以上我に近づくな、下がれ」

 しかし、美しい男から発せられた言葉は非情だった。

「それに『贄』だと? 我は最初から『贄』など求めておらん。我が『妻』となる『花嫁』を求めていた。……なのに、どこで意味を取り違えたのか『贄』などと……」
「まあ、それは大変な失礼を……っ! 父はわたくしめが大切だと、妾腹の妹を差し出しましたの。ご迷惑をおかけしました。でももうこうして誤解が解けたのですから、本来のやり方にしたがって本家のわたくしが貴男さまに嫁ぎます。正しい血筋で行わなければなりませんよね」

 美月も引き下がらない。
 ここで白花と交代してもらえれば、自分は『神の花嫁』だ。
 突然現れた上に、この世の者とは思えない容姿に纏う空気。
 たとえ『神』でなかろうとも『妖し者』でもどうでもいい。

(私はこの男がいい。ほしい……! この美しい人こそ、私の伴侶に相応しい)

 こうして戸惑った顔をしながら後ろに下がっていく姿も麗しい。
(女性に近づかれるだけで恥ずかしがるなんて――なんて可愛らしいところがあるのかしら)

 うっとりとしながら荒日佐彦に寄り添おうとする。あとは腕に絡みついて胸でも当てれば、どの男もあっという間に自分に夢中になった。

「――来るな、お前は臭うし邪気まで纏っている。しかも馴れ馴れしい、不愉快だ」

 しかし荒日佐彦に冷ややかに手を払われ、近づくことを拒絶されてしまう。
 それだけでも矜持が傷つけられたのに、続いた言葉に美月は更に傷つく。

「こっちが呆れるほど、ほらふきな女だな。しかも、自分の都合のいいように話すから、内容がコロコロ変わって支離滅裂だ。よくこれで人として生きてこられたものだ」
「……なっ! し、失礼な……っ!」

 体を震わせ涙目になって怒り始めた美月を、宮司が荒日佐彦から引き離した。
 はっきり性分を否定されてこなかった美月にとって、最大級の屈辱な言葉だった。
 宮司を振り払い、怒りを乗せて荒日佐彦に突っかかっていく。

「私を誰だと思っているの!? 私は槙山家の長女、美月よ! 帝国で高名な鷹司家に嫁にいくのよ!」
「先ほど、婚約解消をされたといっていなかったか?」
「まだよ! まだ! だからこうして私と妹の交換を提案しているのでしょう!」

 キーキーと甲高い声を上げ、腕を上下に振って荒ぶる美月を宮司と今度は勇も押さえ込んだ。
 こうなると、興奮して歯止めが利かなくなるのをよく知っているからだ。

「勇、美月を屋敷へ連れて行け。これから込み入った話をするというのに、自己中心的な横やりばかり入れて邪魔にしかならん」
 と勇蔵が言うも、勇も首を横に振る。

「こうなってしまっては僕一人では抑えきれません。――慶悟、手伝ってくれ」
 そう、後ろでニヤニヤと様子を眺めていた友人に声をかける。

「僕もか? いやだなぁ、引っかかれたら困る」
「一ヶ月後に結婚するんだろう?慣れろ」
「僕はやっぱり白人の妹の方がいい」

 様子を見ていて美月に不安を抱いたのか、それとも純粋に白花を気に入ったのか慶悟はぼやく。
 慶悟の言葉を聞いた美月はますます拗らせ、金切り声を上げた。

「どうしてよーーーー! 生娘じゃなくたっていいって言ったじゃないの! そのほうが扱いやすいって!」
「今の君を見て、どうしたら扱いやすいと思えるの? それに、突然現れた神様っぽい美青年の方がいいんでしょう? さっき、妹と『妻』を交換しましょうって提案していたじゃないか。言われた通り君、支離滅裂だよ。その場限りの言い訳ばかりしてすぐに辻褄が合わなくて、ハッキリ言ってそう賢くないし」

「慶悟様の馬鹿! ――ねえ、聞いたでしょう? こうしてみんなが私を馬鹿にして虐めるんです! こんな所にいたくないんです!」






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