荒神の贄になりましたが花嫁として溺愛されています~『化け物白うさぎ』と呼ばれた乙女は神の最愛になる
 美月が体を大きく揺らしながら勇の頬を引っ掻いた。

 「――っ!」
 一瞬、力が弱まったのを美月は見逃さず、勇の腕から離れ荒日佐彦の元へ駆け足で向かう。
 着物姿とは思えない速さに全員、呆気に取られていた。

 それは荒日佐彦もだった。
「どうか貴方の傍に妻として……!」
「我に触れるな!」
 そう声を上げて下がったが、美月は荒日佐彦の胸に飛び込んでいく。

 それは白花の目からは無邪気な幼女とも、主人を慕う動物のようにも思える光景だった。
 上手く荒日佐彦の胸に飛び込んだ美月は「離さない」とばかりに彼に抱きつく。

「……愚かな女子(おなご)め」
 そう忌々しそうに告げる荒日佐彦の顔は、苦渋に満ちていた。
 その表情に白花は、いつもの荒日佐彦ではないことに気づく。

「荒日佐彦様……?」
「放せ」「いや」と繰り返す荒日佐彦と美月の間に歩みよろうとした白花だったが、彼に手で止められてしまう。
「いかん、白花。来るでない」
「荒日佐彦様?」

 白花から奪ったと思ったのか、ふふん、と得意げな顔を見せた美月だったが、次の荒日佐彦の言葉に自分は「間違った」と、ようやく気づいた。

「この女子は『禍』を生み、溜め込んでいる。……それから俺が禊ぎで落とすはずだった障りが、流れ込んでいく」

 ――流れ込んで? 美月に?
 そう白花が頭の中で繰り返した時だった。

 ざざざざざざざざざざざ

 と槙山家の方角から、地を這い急いで逃げていく『何か』に皆、体を硬直させる。

 あまりの速さに、白花は残像しか見えなかった。
 美月、慶悟、勇蔵に関してはそれさえも見えず、ただ何かがものすごい速さで逃げ、揺れる草木を不思議な面持ちで見つめている。

 宮司と勇は白花と同じように残像は見えるらしい。
 けれど感覚的に『何か』なのかわかったらしい。蒼白な顔をしていた。

 それは白花もだ。『ここにいなくてはいけない、とても大事な何か』だったということは、体が訴えている。

「あれは……、なんですか?」
 白花は震えながら荒日佐彦に尋ねる。

「……『サチ』だ。『槙山家』にいた『サチ』だ」

 荒日佐彦の言葉に勇は悔しそうに唇を噛み、勇蔵は驚愕した顔のまま硬直してしまった。

「……今までの美月様の身勝手な行動が積もり積もって、神に無作法に触れるという『禁為』を犯し、とうとう『幸』を司る精霊が逃げてしまわれた……」

 宮司が残念そうに呟いた。
 だが、それが終わりではなかった。








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